〜Midnight Eden〜 episode5.【雪華】
 見慣れた捜査一課のフロアの、見慣れた顔の隣のデスクが美夜の席。デスクに伏せた大きな背中がもぞもぞと動いて、横に立つ美夜を寝ぼけ眼で見上げた。

「おはよう。寝てた?」
『5分だけな。身体平気?』
「全身筋肉痛。そっちは?」
『同じく全身筋肉痛の湿布だらけだ。昨日暴れ過ぎた』

 九条のデスクに散乱する栄養ドリンクの瓶と湿布の箱、朝食用のコンビニのおにぎりとサンドイッチは珍しく手付かずだ。

昨日は美夜も九条も、通常の犯人逮捕の倍の体力を消耗した。酷使した身体は翌日の動きが鈍く、頭から足先まで全身が疲労している。

『昨日バタバタしてて、ちゃんと言えてなかった。宮島知佳の狙撃を俺に任せてくれてありがとな』
「あの時の九条くんが冷静そうだったから銃を渡しただけ。九条くんが刑事の本分を忘れて雪枝ちゃんの仕返しを知佳にしようとしていたら、渡してないよ」

 SATのヘリが到着する寸前、知佳の銃口は雪枝を庇う九条と美夜に向いていた。あの状況下で九条が自身の腋の下の銃を抜く時間はなく、少しでも妙な素振りをすれば知佳がこちらに発砲していただろう。

『本音は少しヤバかった。でもお前の喜怒哀楽のないぜんっぜん動かない表情筋見てると、不思議と頭が冷えてきた』
「九条くんは喜怒哀楽が分かりやすいのよ。銃を寄越せってアイコンタクトしてきた時のポーカーフェイスは、まぁまぁ頑張った方じゃない?」
『ほっとけ。俺は誰かさんみたいに鉄仮面じゃねぇんだ』

憎まれ口を叩き合ってもまだ仕事をやる気になれない。二人して嫌々起動させたパソコン画面は、文字を打ち込まれずに真っ白だ。

『学校潜入の報告書、徹夜しても半分も書けてねぇよ。状況が込み合って説明が難しい』
「カメラに全部記録されてるんだから、ありのままを書くしかないよ」
『木崎が場馴れしてたってちゃんと書けるのか? 巻田の死体を見ても普通に突っ立ってたアイツの行動は、ただの民間人と言い張るには無理がある』
「あの人は自分の行動がカメラに記録されると承知で一緒に乗り込んでる。今さら死体や犯人に怯えて私達の後ろに隠れていました、なんて嘘は通じない」

 空手有段者の滝本と互角に渡り合う格闘技術や冷静な思考と素早い判断力、どの場面を切り取っても、警察官の美夜と九条の経験値を愁は上回っていた。

美夜と九条が装着した小型カメラを通じて対策本部でリアルタイムに映像を視聴していた上野一課長達は、愁の一挙一動を見逃さない。ジョーカーと目される愁の嫌疑は一層強まった。
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