〜Midnight Eden〜 episode5.【雪華】
 おまけに萌子は勇喜との身体の関係まで仄《ほの》めかしたらしい。
長年苦しい片想いをしていた陣内と、心の拠《よ》り所の弟を萌子に盗られたと怒り狂った水穂は自宅近くの南千住の公園に萌子を呼び出し、嫉妬の刃で萌子の身体を切り裂いた。これが紺野萌子殺害の動機だ。

 しかし萌子にも、陣内や勇喜への愛情があったとは思えない。
陣内と萌子の教師と生徒を越えた共犯関係は、単なる似た者同士の同調でしかない。彼らは自分しか愛せない人間だった。

 誰にチャンネル設定の権利があるか不明の捜査一課のテレビでも、立てこもりと夏木コーポレーションのニュースが延々と流れ続ける。
ニュースの合間にチョコレートのCMで、元アイドルの高倉咲希の姿を見かけた。

大手芸能事務所に移籍後、少しずつ活動を再開した彼女は、来年春にソロとしてのCDデビューが発表されている。仕立て上げられた悪役の汚名返上には時間を要するが、アンチ以上に咲希を支持する声が多い。

 昼休みに高倉咲希のインスタグラムを覗くと、先ほど放映されたチョコレートのCM撮影のメイキング動画が投稿されていた。せめてもの応援の気持ちで、美夜はいいねボタンのハートマークをタップする。

動画で会えた咲希の笑顔に憂鬱な心を少しだけ軽やかにして迎えた午後の業務は、14時に捜査会議の召集がかけられた。

 会議室に集められた人員は捜査一課の小山班と伊東班の刑事達、特命捜査対策室とサイバー犯罪対策課の他は、見慣れない男性刑事と女性刑事、そして素性が不明な男がひとり、上野一課長と小山真紀と三人で話し込んでいる。

『神田さんと九条くんの席はここね』

 幾度の会議を経てすっかり顔馴染みとなった芳賀敬太に手招きされ、美夜と九条は言われるがまま指定の席に着席する。

『芳賀さん、あそこで一課長と主任と話してるあの男は誰ですか? 刑事には見えませんが』
『あの人は小山さんの旦那さん』

隣席の芳賀がしたり顔で教えてくれた。驚く九条の側で、美夜は予期せぬ出会いとなった上司の配偶者を観察する。

男は仕立ての良いフォーマルなスーツを着こなしている。真紀の夫なら年齢は三十代半ばから四十近いはずが、屈託なく笑う横顔は年齢よりも若々しい印象だ。

 彼を包む陽気なオーラに微かに混ざる陽気とは相反する“何か”に、美夜は木崎愁と同じ種類の影を感じた。
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