〜Midnight Eden〜 episode5.【雪華】
「主任の旦那さんと言うと武田官房長官の甥ですよね?」
『そうそう。でも俺達にとっては官房長官の甥って言うより、超優秀なエンジニアだな。確か、神田さんと同じ大学だよ。学部も法学部って聞いてる』
『超がつくエリートじゃないですか。刑事と政治家の甥がどうやって知り合って結婚までしたのか、俺ずっと気になってるんですよね』
「その答えが今のこの状況よ」

 九条と芳賀の背後から、小山真紀がわざとらしく顔を覗かせた。目を見開いて驚愕の表情の男二人の隣で美夜だけが平然としている。

『だから小山さぁん! 瞬間移動して後ろから現れないでくださいよ……!』
『びびった……。後ろから主任の声がして心臓止まるかと思いました』
「大袈裟ねぇ。私の動きは神田さんしか気付いていなかったじゃない。いつ何時も対象者の動きは把握して、背後にも視野を持っておかないとダメよ。私が被疑者なら、あんた達は後ろから撃たれるか刺されるかして死んでるからね?」

真紀の登場に芳賀だけでなく九条も肝を冷やしていた。噂話に興じて周囲の観察が甘い若手二人を軽く叱責した彼女は、溜息で肩を落とした。

「好奇心で詮索されても困るからちゃんと紹介するね。夫の矢野一輝。昔、カオス関係の事件の時に捜査協力を依頼していたの。私達の出会いもその縁」
『矢野でーす。九条くんと神田さんは初めましてだね。二人の話は、真紀や上野さんから聞いてるよ。よろしく』

 陽気なオーラ通りのひょうきんな男だ。握手を求められ、九条と美夜は矢野一輝と握手を交わす。
暖かな日向の笑顔は九条に似ている。けれど九条が持ち合わせていない、北風が吹き荒ぶ日陰の部分が矢野には存在した。

親戚に政治家を持ち、何不自由なく育ったであろうエリートのどこに、木崎愁と同種の影が潜んでいる?

『自己紹介代わりに俺と真紀の馴れ初めを語ってもいいんだけど、出会い編、俺の片想いからのアプローチ編、恋人編、カオスとの死闘を乗り越えたプロポーズ編、結婚式編、出産編、育児編と分けていくと演説の所要時間が10時間以上になってしまう』
「演説しなくていい。さっさと資料の準備して」
『照れてる真紀ちゃんは最高に可愛いなぁ。うちの奥さんはクールそうに見えて照れ屋さんなんだ。ツンデレ世界大会第一位』

 上野一課長や杉浦、伊東班主任の伊東警部補までもが、矢野に全幅《ぜんぷく》の信頼を置いている気配が矢野と彼らのコミュニケーションの端々で窺える。
本来、警察官の身分ではない者がここまで自由に捜査関係者と会話する様を美夜と九条は初めて目にした。

真紀達の言う、かつて犯罪組織カオスが暗躍した“昔”を知らない美夜と九条には語られない人間関係や、裏事情があるのだろう。
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