〜Midnight Eden〜 episode5.【雪華】
 矢野の知られざる一面は捜査会議が始まって数分で露になる。矢野はサイバー犯罪対策課と協力して、あるアプリゲームを調べていた。

 10月から、上野一課長の命を受けた九条がアプリゲームの被験者を務めていた件は美夜も周知だ。
現在は九条の任務は解かれているが、九条のプレイデータはサンプルとして上野一課長を通して矢野に送られていたことが、会議の早々に明らかになった。

『俺のゲームのデータが矢野さんに送られてるとは思わなかった。主任の旦那さんって一体何者だよ』
「思い出した。前にサイバー課の飯田《いいだ》さんが話してくれたの。矢野さんは、サイバー課と科捜研が共同開発した解析ソフトの開発チームにも特例で携わっていたんだって。警察のセキュリティシステムにも矢野さんの手が加わってるらしいよ」
『すっげぇ人なんだな……』
「飄々《ひょうひょう》としているように見えて、かなりの切れ者だろうね」

 会議室のモニターには、九条を含めたゲーム被験者が1ヶ月、クライムアクションゲームアプリ〈agent《エイジェント》〉をプレイした結果得られたサンプルデータのまとめが、グラフと数値で表示される。

 矢野が着目した点はゲームの中毒性と加虐性だ。
クライムアクションゲームの別名は悪役体験ゲーム。ゲームの世界では、どれだけ犯罪を犯しても法律で裁かれない。
ゲーム内に現れる警察や探偵に捕まらなければゲームオーバーにはならない。

 〈agent〉アプリ使用の3日目と1週間後では被験者の犯罪性のレベルも上がっている。定められた2時間以内に犯す犯罪の数も、プレイ日数を重ねるほど増えていった。

被験者は全員が警察官。犯罪とは対極に位置する彼らでも、プレイ時間の2時間はフィクションの犯罪世界にのめり込む傾向が認められた。

 続いて明かされた事実は〈agent〉アプリゲームはスマートフォンにアプリのインストールが完了した時点で、アプリ利用者のスマホ端末の位置情報が〈agent〉側に抜き取られていた点だ。

『仕組みはウイルスを仕込んだ詐欺メールと同じです。詐欺メールはメールに添付されたURLを開くとウイルスが発動して端末情報が抜かれますが、〈agent〉はウイルスの発動条件がインストールなんです』

矢野はわざとウイルスに感染させたスマートフォンを被験者に支給した。被験者達のゲーム利用が警視庁本部内と指定があったのも、位置情報を常に霞が関の警視庁本部に固定するためだ。

 位置情報が警視庁ではエイジェント側は尻尾を出さない。九条が参加したケース1の実験開始以前の9月から、矢野と上野一課長は別途でプロトタイプの実験を進めていた。
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