〜Midnight Eden〜 episode5.【雪華】
毛布の上から美夜の身体を撫でていた愁の片手が毛布の内側に滑り込んで、キスマークだらけの白い背中をすっとなぞった。
「くすぐったいっ……」
『早く顔見せねぇと、くすぐったいだけじゃ終わらなくなるぞ?』
毛布が剥がれて露になった背中からウエストラインを行き来する愁の指先が、臀部《でんぶ》の割れ目に到達して美夜を焦らした。
『強情だな。嫌いじゃねぇけど』
「あっ、お尻揉まないでよっ……!」
『尻は揉むものだって保健の教科書に書いてあった』
「そんなこと書いてないっ」
男と女の低レベルな会話。美夜の人生で、こんなに無意味な会話を交わした相手は愁が初めてだ。
セックスをした直後の脳はきっと、思考を停止させている。自分の機能がバグってると思えば、この陳腐な時間も楽しかった。
美夜の臀部を這っていた愁の指が少しずつ色気の動きを纏い始めると、期待の高揚で枕に伏せた顔が熱くなる。このままでは本当にくすぐったいだけでは終わらなくなりそうだ。
陰部から尻の穴まで、身体の汚い場所はすべて愁に見られている。性の快楽に壊れる姿も晒している。
もはや愁に見られていない汚い部分は残っていない。……本当に?
妖しげな彼の指の動きに身の危険を感じて身体をよじれば、ほらもう、彼の思惑通り。
満足げに微笑する愁の顔がそこにあった。
このまま甘い余韻に浸りたい衝動の奥で、恐る恐る顔を覗かせた心の汚泥。
唇を重ね、性器を絡ませ、粘膜を擦り付け合ってもまだ美夜は、愁に一番奥を曝《さら》していない。それは誰にも見せていない汚い場所。
死に物狂いで封じ込めた10年前の深淵が、外に出ようともがいている。
「私の昔話、聞いてくれる?」
『真面目な昔話? 不真面目な昔話?』
「どちらかと言えば不真面目で怖い昔話』
『それは物騒だな』
手繰り寄せた毛布を背中から被った美夜は、愁の隣に腰を降ろした。二人して壁に背をつけ、見据える方向は先刻まで交わっていたくしゃくしゃになった布団の山だ。
「……殺したい女がいたの。同じ歳の、近所に住む幼なじみ。名前は佐倉佳苗」
忌々しい因縁の名を呟いた唇は震えている。
「佳苗の事件は九条くんから聞いたんだよね?」
『ああ。佳苗と援交してた男が俺が殺した明智だな』
「そう。10年前……2008年3月29日、埼玉で同じ日に二つの殺人事件が起きた」
記憶の彼方に押しやった過去は忘れたくても忘れられない。あの女は今も記憶の彼方で色褪せずに、偉そうな顔で居座っている。
「佳苗は私の持ってるものを欲しがる女だった。初恋の人も友達も父親も祖父も、佳苗が奪っていった。私のこの顔も佳苗は欲しがった。だから私は佳苗が欲しがった自分の顔が嫌いなの」
小学生時代に小遣いを溜めて買ったキラキラのラメペンのセット、祖父に買ってもらったテディベア。佳苗は美夜の持っているものを強く欲しがった。
友達も、唯一できた初恋の人も、佳苗に奪われてきた。
欲しがりな佳苗が絶対に手に入らないたったひとつのものが、美夜の顔だ。
「くすぐったいっ……」
『早く顔見せねぇと、くすぐったいだけじゃ終わらなくなるぞ?』
毛布が剥がれて露になった背中からウエストラインを行き来する愁の指先が、臀部《でんぶ》の割れ目に到達して美夜を焦らした。
『強情だな。嫌いじゃねぇけど』
「あっ、お尻揉まないでよっ……!」
『尻は揉むものだって保健の教科書に書いてあった』
「そんなこと書いてないっ」
男と女の低レベルな会話。美夜の人生で、こんなに無意味な会話を交わした相手は愁が初めてだ。
セックスをした直後の脳はきっと、思考を停止させている。自分の機能がバグってると思えば、この陳腐な時間も楽しかった。
美夜の臀部を這っていた愁の指が少しずつ色気の動きを纏い始めると、期待の高揚で枕に伏せた顔が熱くなる。このままでは本当にくすぐったいだけでは終わらなくなりそうだ。
陰部から尻の穴まで、身体の汚い場所はすべて愁に見られている。性の快楽に壊れる姿も晒している。
もはや愁に見られていない汚い部分は残っていない。……本当に?
妖しげな彼の指の動きに身の危険を感じて身体をよじれば、ほらもう、彼の思惑通り。
満足げに微笑する愁の顔がそこにあった。
このまま甘い余韻に浸りたい衝動の奥で、恐る恐る顔を覗かせた心の汚泥。
唇を重ね、性器を絡ませ、粘膜を擦り付け合ってもまだ美夜は、愁に一番奥を曝《さら》していない。それは誰にも見せていない汚い場所。
死に物狂いで封じ込めた10年前の深淵が、外に出ようともがいている。
「私の昔話、聞いてくれる?」
『真面目な昔話? 不真面目な昔話?』
「どちらかと言えば不真面目で怖い昔話』
『それは物騒だな』
手繰り寄せた毛布を背中から被った美夜は、愁の隣に腰を降ろした。二人して壁に背をつけ、見据える方向は先刻まで交わっていたくしゃくしゃになった布団の山だ。
「……殺したい女がいたの。同じ歳の、近所に住む幼なじみ。名前は佐倉佳苗」
忌々しい因縁の名を呟いた唇は震えている。
「佳苗の事件は九条くんから聞いたんだよね?」
『ああ。佳苗と援交してた男が俺が殺した明智だな』
「そう。10年前……2008年3月29日、埼玉で同じ日に二つの殺人事件が起きた」
記憶の彼方に押しやった過去は忘れたくても忘れられない。あの女は今も記憶の彼方で色褪せずに、偉そうな顔で居座っている。
「佳苗は私の持ってるものを欲しがる女だった。初恋の人も友達も父親も祖父も、佳苗が奪っていった。私のこの顔も佳苗は欲しがった。だから私は佳苗が欲しがった自分の顔が嫌いなの」
小学生時代に小遣いを溜めて買ったキラキラのラメペンのセット、祖父に買ってもらったテディベア。佳苗は美夜の持っているものを強く欲しがった。
友達も、唯一できた初恋の人も、佳苗に奪われてきた。
欲しがりな佳苗が絶対に手に入らないたったひとつのものが、美夜の顔だ。