〜Midnight Eden〜 episode5.【雪華】
『明智が佳苗を殺す前日から俺は明智を見張ってた』
「夏木会長からの殺害命令は、明智が佳苗を殺した後じゃなかったのね」
『夏木は金魚の糞の明智を鬱陶しがっていたからな。紫音の件もあっていつか俺に殺させるつもりだった。たまたま佳苗の殺害とタイミングが重なったんだ。女を殺してしまった、後始末をどうにかしてくれと、明智は夏木に泣きついた。夏木が自分を殺したがってるとは思わずにな。馬鹿馬鹿しくて嗤《わら》えるだろ』

 偶然が重なった二つの殺人事件。
明智信彦の血を受け継ぐ息子が夏木伶だとは、美夜は到底信じられない。伶の賢さは、情けない父親を反面教師にして身につけた生きる戦術だろう。

『だから全部見てた。明智が佳苗を殺して逃げるところも、倒れた佳苗が携帯でお前を呼ぶところも』
「……私が現場に着いた時、陸橋の上にいた?」

 輪郭がぼやけて曖昧だった、陸橋の階段に立っていた黒い傘を差した人影。男か女か、若いのか年寄りかもわからなかったもうひとりの共犯者。
10年前の答え合わせは、愁の微笑みを見れば充分だ。

 佳苗が明智に殺され、明智が愁に殺された日付は3月29日。仮に愁が28日に明智の殺害を実行していれば、佳苗は明智に殺されなかった。

美夜が殺さない限り、佳苗は10年後の今ものうのうと、美夜の人生の邪魔をし続けていたかもしれない。

佳苗を殺した罪の共犯者は明智ではない。
本当の罪の共犯者は10年前からずっと、木崎愁だ。

 永遠の共犯者と永遠に似た何十回目の口付け。伏せた瞼《まぶた》から溢れた雫が頬を流れて、どちらのものかわからない唾液と涙が、絡んだ二つの舌の上で煽情《せんじょう》的な音を立てて交ざり合った。

 しわくちゃの布団にうつ伏せになる美夜の身体に愁が覆い被さった。のし掛かる彼の体重に押さえ込まれた美夜はどこにも逃げられず、背後から刻まれる律動に反応して繰り返すオーガズムの果てのエクスタシー。

 窓の外は、片夕暮れの空が告げる楽園の終焉。
荒っぽく吹雪いていた雪は情欲を発散させていた間に止んでいて、濡れた素肌を寄せ合って赤と白が彩る世界の終わりを二人で眺めた。

「今頃、晴れてきたね」
『明日の月は綺麗だろうな』
「満月が23日だから、明日は寝待月《ねまちづき》ね。欠けずに満月のままで居てくれたらいいのに」

 これはそう、愛の殺人予告。
永遠の地獄に堕ちるなら、ふたりで。

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