〜Midnight Eden〜 episode5.【雪華】
12月27日(Thu)

 女刑事が主人公の推理小説は、丸2日費やしても読み終わらなかった。物語の終わりまで残り30ページの場所に挟んだ栞《しおり》は、出版社の名前が印字されただけの味気ないもの。


“この街は腐った楽園だ”──。


 小説の冒頭、女刑事が六本木ヒルズから眺める夜景に対して吐き捨てたモノローグだ。東京を腐った楽園と皮肉る女刑事が、腐った楽園に蔓延《はびこ》る腐った人間の歪んだ正義と悪意に挑むシリーズ第一作目。

女刑事の物語は栞の場所から先へは進まない。永遠に迎えないラストシーンを、美夜は知らないままでいたかった。

 早起きと朝寝坊が混雑する夜明けの街を貫く国道を進むと、日光二荒山神社《にっこうふたらさんじんじゃ》の大鳥居が見えてきた。

鳥居の前を左折すれば、空の色と同じ中禅寺湖がお目見えする。愁の横顔の向こうに見えた湖は、朝と夜の狭間の色が溶け込んでいた。

 可愛らしい外観のペンションや民宿が建ち並ぶ湖畔沿いの道を軽快に通り過ぎ、辿り着いた県営駐車場は雪に覆われていた。駐車場の向かいには中禅寺湖の名前の由来となった中禅寺が建っている。

 ダウンジャケットを着込んでも身震いする寒さだ。風が強く、乾燥した空気が肌に触れて痛かった。
寝起きの太陽が顔を覗かせたが、気温はいまだ氷点下の世界だろう。

 駐車場に車を置いて二人は湖岸の小道に侵入した。道に積もった雪は所々凍っている。
ざく、ざく、ざく。地面の雪を踏み締めるスノーブーツの音は二人分。

時折、どちらかが凍った地面に足を滑らせても、厚手の手袋を嵌めた手と手を繋いでいれば怖くなかった。

 棒立ちで道に立ち尽くす看板には、この先にある英国大使館別荘記念公園とイタリア大使館別荘記念公園の冬季休館を告げる貼り紙がされていた。休館期間は12月1日から来年3月31日まで。

紅葉の見頃は過ぎ、年末の仕事納めにも入っていない今の時期は観光客が少なく、日光の街も閑散としている。休館の貼り紙に素知らぬ顔をして、美夜と愁は木々が茂る小道の奥に足を進めた。
< 173 / 185 >

この作品をシェア

pagetop