〜Midnight Eden〜 episode5.【雪華】
最後に愁の愛用拳銃、ワルサーPPKと銃に装着するサイレンサーが美夜の華奢な手に収まった。
『そういえばワルサー使ったことあるのか?』
「あるわけないでしょ。刑事が持つ銃の種類は限定されてる。せいぜいS&Wのサクラか、この前の立てこもりで使ったシグ・ザウエルくらい」
『それは不安だな』
「警察舐めないでください」
冗談を言い合って口を尖らせながら立ち上がった美夜は、ベンチに座る愁の側を離れた。雪に埋もれる地面を踏みしめ、足場が安定する場所を探し当てた彼女はそこに立ち尽くす。
銃に残る弾は二発分。銃口にサイレンサーを装着したワルサーの安全装置《セイフティ》を解除しても、美夜の指はすぐにはトリガーを引けなかった。
手の震えが止まらない。照準を定めた先にいる愁の顔が、涙で滲んでもう見えない。この涙もこの指も、この世界も、今すぐ凍りついてしまえばいい。
愁を睨み付けていた銃口を一旦地面に向ける。陸の白と天の青を交互に見つめた彼女は、白い吐息の深呼吸を繰り返した。
今日が来なければよかった。永遠に、二人だけの真夜中の楽園に堕ち続けていたかった。
どうして朝は来てしまうの?
どうして月は欠けてしまうの?
どうして空はこんなに青いの?
どうして雪はこんなに白いの?
馬鹿馬鹿しい自問自答の最後の問題。
どうして二人は刑事と犯罪者なの?
『……美夜』
甘い囁きが心を躍らす。滲む視界の中心で愛しい男が穏やかに微笑んでいた。彼の笑顔が彼女の躊躇《ためら》いを消す、最後の引き金だった。
美夜は再度、背筋を伸ばして構えの姿勢をとった。銃の照準はベンチの側に立つ愁に向いている。
頬を通過する涙の筋を拭っても、拭っても、制御できない大粒の雫が瞳の奥から噴き出してくる。
涙の制御を諦めた美夜は泣きながら、愁に微笑みを返した。
笑顔の愛撫と同時に美夜が放った銃弾は愁の腹部に命中し、彼の身体から滴り落ちる鮮やかな血が、雪華《せっか》の花園に一輪、紅の花を咲かせた。
『……撃たれるって……痛いんだな……』
「喋らないで。体力消耗しちゃう……」
崩れ落ちる愁に駆け寄り、ふらつく身体を支えてベンチに座らせた。彼が着ているコートもセーターもジーンズも、みるみる真っ赤に染まっていき、愁の血の海に美夜の涙が着地して交ざり合った。
マフラーを患部に押し当て圧迫止血を施す美夜の手に、血で汚れた愁の手が重なる。
『……止血して……どうする……』
「だって……嫌……やっぱり……」
『……泣くなよ。……美夜。……こっち見ろ……』
泣きじゃくる美夜の唇に強引に重なった愁の唇。キスの行為で余計に呼吸は荒く乱れ、卑猥な音を奏でる唾液の交換も唇と舌の接触も、激しくなる一方だった。
『そういえばワルサー使ったことあるのか?』
「あるわけないでしょ。刑事が持つ銃の種類は限定されてる。せいぜいS&Wのサクラか、この前の立てこもりで使ったシグ・ザウエルくらい」
『それは不安だな』
「警察舐めないでください」
冗談を言い合って口を尖らせながら立ち上がった美夜は、ベンチに座る愁の側を離れた。雪に埋もれる地面を踏みしめ、足場が安定する場所を探し当てた彼女はそこに立ち尽くす。
銃に残る弾は二発分。銃口にサイレンサーを装着したワルサーの安全装置《セイフティ》を解除しても、美夜の指はすぐにはトリガーを引けなかった。
手の震えが止まらない。照準を定めた先にいる愁の顔が、涙で滲んでもう見えない。この涙もこの指も、この世界も、今すぐ凍りついてしまえばいい。
愁を睨み付けていた銃口を一旦地面に向ける。陸の白と天の青を交互に見つめた彼女は、白い吐息の深呼吸を繰り返した。
今日が来なければよかった。永遠に、二人だけの真夜中の楽園に堕ち続けていたかった。
どうして朝は来てしまうの?
どうして月は欠けてしまうの?
どうして空はこんなに青いの?
どうして雪はこんなに白いの?
馬鹿馬鹿しい自問自答の最後の問題。
どうして二人は刑事と犯罪者なの?
『……美夜』
甘い囁きが心を躍らす。滲む視界の中心で愛しい男が穏やかに微笑んでいた。彼の笑顔が彼女の躊躇《ためら》いを消す、最後の引き金だった。
美夜は再度、背筋を伸ばして構えの姿勢をとった。銃の照準はベンチの側に立つ愁に向いている。
頬を通過する涙の筋を拭っても、拭っても、制御できない大粒の雫が瞳の奥から噴き出してくる。
涙の制御を諦めた美夜は泣きながら、愁に微笑みを返した。
笑顔の愛撫と同時に美夜が放った銃弾は愁の腹部に命中し、彼の身体から滴り落ちる鮮やかな血が、雪華《せっか》の花園に一輪、紅の花を咲かせた。
『……撃たれるって……痛いんだな……』
「喋らないで。体力消耗しちゃう……」
崩れ落ちる愁に駆け寄り、ふらつく身体を支えてベンチに座らせた。彼が着ているコートもセーターもジーンズも、みるみる真っ赤に染まっていき、愁の血の海に美夜の涙が着地して交ざり合った。
マフラーを患部に押し当て圧迫止血を施す美夜の手に、血で汚れた愁の手が重なる。
『……止血して……どうする……』
「だって……嫌……やっぱり……」
『……泣くなよ。……美夜。……こっち見ろ……』
泣きじゃくる美夜の唇に強引に重なった愁の唇。キスの行為で余計に呼吸は荒く乱れ、卑猥な音を奏でる唾液の交換も唇と舌の接触も、激しくなる一方だった。