〜Midnight Eden〜 episode5.【雪華】
2019年1月下旬。底冷えする寒さの今日の東京は朝から雪がちらついている。
警視庁本部から眺める見慣れた霞が関の風景も、右を見ても左を見ても上も下も、雪、雪、雪。
雪の情景が悲哀な記憶の一部になってしまうなんて、彼は思いもしなかった。
仮眠室のブラインドカーテンを閉じて雪景色を遮断した九条大河は簡易ベッドに寝転がった。そのまま、浅い眠りと鈍い目覚めを行ったり来たりの九条の耳に足音が届く。
廊下の足音がすぐそこで止み、ノックもなく入室してきたのは同期の南田康春だ。何度目かの鈍い目覚めが、九条の瞼を押し上げた。
『大田区の強盗殺人の捜査会議、15時からになった』
『……了解』
寝起きのかすれた声で返事をした九条を、簡易ベッドの側に立つ南田が見下ろしている。会議の時間を知らせに来ただけなら用はもう済んだはずだ。それなのに南田は仮眠室を立ち去らない。
『あと、お前に残念な知らせを持ってきてやった』
『何だよ』
『俺、4月から小山班に移動になる。代理じゃなく九条の正式なバディになってやってくれって、さっき一課長に頭下げられたんだ。お前としては不服かもしれないが……』
バディ決定を伝える南田の顔は無表情だった。喜んで笑うことでも怒ることでもない。多分、この無表情は南田なりの配慮だ。
『南田で良かったよ』
『お前、本当に九条か?』
『南田とのバディなんか嫌だって言われたいわけ?』
『むしろそっちの方が九条らしい』
南田の無表情がわずかに崩れて、口をヘの字に曲げた彼は九条の真向かいの簡易ベッドに腰を降ろした。
確かに、と小声でひとりごちして九条は笑った。今までどうやって笑っていたのかも思い出せず、最近は口元がひきつった笑顔しかできなくなった。
『神田のことを全然知らない奴がバディになったら、俺は刑事を続けるのも無理だった。南田は神田の悪口なんか絶対言わねぇってわかってる。だから一課長もお前を選んだんだ。一課長の慧眼《けいがん》はいつも正しいからな』
美貌と秀才の女刑事が恋に狂って殺人犯と心中した──。
一部の警察関係者は、神田美夜をそう揶揄する。
捜査一課の刑事で美夜を非難する者はひとりもいないが、美夜の学歴や外見を以前から妬んでいた者達は、世間的な報道の裏側に敷かれた箝口令《かんこうれい》の間隙《かんげき》を縫っては噂話に花を咲かせる。
警視庁本部から眺める見慣れた霞が関の風景も、右を見ても左を見ても上も下も、雪、雪、雪。
雪の情景が悲哀な記憶の一部になってしまうなんて、彼は思いもしなかった。
仮眠室のブラインドカーテンを閉じて雪景色を遮断した九条大河は簡易ベッドに寝転がった。そのまま、浅い眠りと鈍い目覚めを行ったり来たりの九条の耳に足音が届く。
廊下の足音がすぐそこで止み、ノックもなく入室してきたのは同期の南田康春だ。何度目かの鈍い目覚めが、九条の瞼を押し上げた。
『大田区の強盗殺人の捜査会議、15時からになった』
『……了解』
寝起きのかすれた声で返事をした九条を、簡易ベッドの側に立つ南田が見下ろしている。会議の時間を知らせに来ただけなら用はもう済んだはずだ。それなのに南田は仮眠室を立ち去らない。
『あと、お前に残念な知らせを持ってきてやった』
『何だよ』
『俺、4月から小山班に移動になる。代理じゃなく九条の正式なバディになってやってくれって、さっき一課長に頭下げられたんだ。お前としては不服かもしれないが……』
バディ決定を伝える南田の顔は無表情だった。喜んで笑うことでも怒ることでもない。多分、この無表情は南田なりの配慮だ。
『南田で良かったよ』
『お前、本当に九条か?』
『南田とのバディなんか嫌だって言われたいわけ?』
『むしろそっちの方が九条らしい』
南田の無表情がわずかに崩れて、口をヘの字に曲げた彼は九条の真向かいの簡易ベッドに腰を降ろした。
確かに、と小声でひとりごちして九条は笑った。今までどうやって笑っていたのかも思い出せず、最近は口元がひきつった笑顔しかできなくなった。
『神田のことを全然知らない奴がバディになったら、俺は刑事を続けるのも無理だった。南田は神田の悪口なんか絶対言わねぇってわかってる。だから一課長もお前を選んだんだ。一課長の慧眼《けいがん》はいつも正しいからな』
美貌と秀才の女刑事が恋に狂って殺人犯と心中した──。
一部の警察関係者は、神田美夜をそう揶揄する。
捜査一課の刑事で美夜を非難する者はひとりもいないが、美夜の学歴や外見を以前から妬んでいた者達は、世間的な報道の裏側に敷かれた箝口令《かんこうれい》の間隙《かんげき》を縫っては噂話に花を咲かせる。