〜Midnight Eden〜 episode5.【雪華】
 九条大河はバディを失った可哀想な残り物として扱われた。誰も彼もが九条のメンタルや体調を気遣い、上野一課長にはしばらく休暇をとって実家にでも帰って休めとまで言われた。

けれど休めば余計なことを考えてしまうから。深く眠れば彼女が夢に出て来てしまうから。
捜査で忙しくしている方が気が紛れて楽だった。

『今日でちょうど1ヶ月か。あっという間だったな』
『失恋よりバディを失う方がキツいって初めて知った。頼むからお前は死ぬなよ』
『何があっても死なねぇよ。結婚式もあるし、死んでる暇もない』
『結婚式って……聞いてねぇぞっ』
『今初めてイイマシター。来月に籍入れる』
『うっわ……。まさかお前に先越されるとは……』
『バディなら俺の結婚を素直に喜べ』

 警察学校時代からの旧友と呼ぶのは何か悔しいこの同期は、九条とほどよい距離感で接してくれる。
気を遣い過ぎず、冷たく突き放しもしない南田と交わす軽口が九条の心を穏やかにしていた。

 周りに気を遣われる日々も正直辛かった。元気を出せと言われても、出せるならとっくに出している。

 いつまで落ち込めばいい? いつまで泣けばいい?
大切な人を失った悲しみに終わりはないのに、どこかで悲しみに区切りをつけろと周りに急かされているようで、精一杯の空元気《からげんき》は、名前の通り空回《からまわ》る。

 南田の視線がベッド下の九条の荷物に向いた。着替えや洗顔用品の類いが押し込められたカバンの上に、一冊の文庫本が無造作に横たわっている。

『それって神田さんの所持品にあった本?』
『ああ。神田の遺品は埼玉にいる祖母《ばぁ》ちゃんが引き取ったけど、この本と神田にあげた誕生日プレゼントは俺が貰った。自分があげたプレゼントが返ってくるって虚しいよなぁ……』
『虚しいなら未練がましく返して貰うな』
『南田の正論しか言わないところ、神田に似てる』

 ベッドの下に手を伸ばし、横たわる文庫本を九条の大きな手が掴んだ。装丁《そうてい》の色調は暗く、東京の夜景と女性の影のシルエットが表紙となっていた。
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