〜Midnight Eden〜 episode5.【雪華】
 小説のタイトルは【Midnight Eden】

『神田さんはもっとお堅い系や純文学読んでるイメージあったから、エンタメミステリーは意外だった』
『この小説読んだことあるのか?』
『発売当時にシリーズ全部読んで、その後に放送されたドラマも観た。主役の女刑事は本庄玲夏のハマり役だったよ』

 九条は小説にざっと目を通しただけだ。
文庫本の裏に綴られたあらすじと一作目の内容からわかるのは、女刑事と因縁が深いテロリスト組織の対峙の物語であること、そしてテロリスト集団と関わりを持つ男と女刑事の禁断の恋もシリーズの主軸を担っている。

警察とテロ組織との攻防戦も刑事と犯罪者の禁断の恋も、いかにも大衆ドラマに好まれそうな題材だった。

『最後まであと30ページのところに栞が挟んであったんだ』
『小説のラスト30ページって一番気になる部分じゃん。ミステリーなら犯人追い詰めるパートに入る辺り』
『だよな。でも神田はあえて最後の30ページで読むのを止めたんじゃないか……って思う』
『何のために?』

 何のために……と聞かれると上手く答えられない。ただ、美夜は小説の最後の30ページを読みたくなかった。
九条がわかるのはそれだけだ。

『最後、女刑事と男の恋はどうなった?』
『その一作目だとまだ女刑事は男の正体すら知らない。けど、男がテロリスト達を動かしてこれまでの事件を仕組んでいた黒幕だってわかって、女刑事は男を逮捕するんだ。……小説ではな』
『……そっか』

 美夜が栞を挟んでいたページに九条は栞を挟み直し、彼は女刑事の物語を閉じた。

 捜査会議の時刻が迫っている。背伸びをしながら立ち上がった九条は、再びブラインドの隙間から外を覗いた。先ほどよりも雪の粒が大きくなっている。

 街は一面の雪の華。
彼女の亡骸を埋めていた赤と白、ふたつを混ぜたら桜の色になる。

去年の春、共に桜を眺めた美夜はもういない。バディを組んだ最初の日、街角に咲いていた桜を見た彼女は、冷めた口調で春が嫌いだと言っていた。

彼女が嫌いな春は、まだ来ない。



~Midnight Eden~ ―END―
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