〜Midnight Eden〜 episode5.【雪華】
静かな会議室に揺らぐ二つの人影。長机に並んで腰掛ける人影の正体は、小山真紀と上野恭一郎だ。
『お前から神田を外せと言ってくるとは思わなかったよ』
「彼女を守るためです。先月の一課長のやり方を真似してみました」
警視庁公安部が美夜の動向を監視する方針を固めた。近々、美夜には公安の聞き取り調査が待っている。
公安の追及に備えて、美夜を一連の捜査から外すよう上野に進言したのは真紀だった。
「本音はこんな時くらい神田さんに頼ってもらいたいです。プライベートの話でも、悩んでいるなら相談して欲しい」
『神田はお前に充分頼ってるさ。アイツはお前の気持ちをわかってる』
木崎愁のジョーカー説が濃厚になればなるほど、警察内部の美夜への風当たりは強くなるだろう。犯罪の疑いがある者との個人的接触……それは警察官のタブーだ。
刑事と犯罪者は絶対に相容れない者同士。ましてや恋愛など最大の禁忌。
個人の恋愛くらい自由にさせてやればと、今回に限っては真紀も軽々しく口にできない。
『ジョーカーの情報が少ない今は、可能性をひとつずつ追って潰していくしかない。どこのヤクザもジョーカーの話題にはこぞって口をつぐむ。よほど夏木十蔵が恐いんだろうな』
「夏木十蔵を恐れずにジョーカーの情報提供をしてくれる裏の人間なんて、いませんよね」
『……いや、ひとりいるな。試しに九条を東京拘置所に行かせてみるか』
「拘置所って……まさかの?」
東京拘置所には“あの男”がいる。かつて日本だけでなく世界を掌握しかけていた犯罪組織の帝王は、独房で死刑を待つ身となっても悠々自適に生活しているそうだ。
『そのまさか。恐いものなしの“アイツ”なら、気まぐれにジョーカーの話をしてくれるかもしれん』
「九条くんには、まだ荷が重いのでは……」
『何事も経験だ。むしろ奴は、九条の性格を面白がりそうだな。奴はああいう面白い人間が好きだろう?』
「奴の手玉に取られて終わる気もしますけど……」
真紀の横で上野が失笑している。帝王の掌《てのひら》で右往左往する九条を思うと、笑い事ではない。
『手玉に取られて帰って来てもいいじゃないか。それも大事な経験だ。アイツと対等に渡り合える人間は、早河と美月ちゃんくらいだからなぁ』
「あの二人は別格ですから……。第一、面会の許可が下りますか? 私や一課長でも今は面会が難しくなっていますよ」
『手続きに時間がかかるかもしれないが、なんとかなるだろう』
九条とあの男を会わせるのは多少の不安要素はある。けれど経験を積ませるには、確かにいい機会だ。
美夜も九条も刑事として良い方面に育っている。このまま誰の命も失わずに、事件の終結を迎えたい。
必ず生きて帰る。それが刑事の最大の任務だ。
『あっちの仕掛けの結果が出るのは、あと少しかかりそうか?』
「そうですね。九条くん達のデータを元に、一輝と横山《よこやま》さんと衛藤《えとう》さんが頑張っていますよ。今月末には何らかのアクションがあるはずだと言っていました」
真紀の夫、矢野一輝は夏木コーポレーションの子会社であるエバーラスティングが配信するクライムアクションゲーム〈agent《エイジェント》〉と、連続絞殺事件の因果関係を調べている。
先月、九条や南田を含めた警視庁の警察官数名を被験者に選び、矢野はゲームのサンプルデータを集めた。
〈agent〉アプリはインストールした時点で位置情報が抜かれる仕組みだ。被験者に支給したスマートフォンの位置情報は、すべて警視庁の住所。〈agent〉の管理者も警察の動きに気付いたはず。
第一の仕掛けだけでは獲物は寄ってこない。だから矢野は上野一課長の協力の下、第二の仕掛けを施した。矢野と警察が仕掛けた罠が功を奏す日まで……あと少し。
『お前から神田を外せと言ってくるとは思わなかったよ』
「彼女を守るためです。先月の一課長のやり方を真似してみました」
警視庁公安部が美夜の動向を監視する方針を固めた。近々、美夜には公安の聞き取り調査が待っている。
公安の追及に備えて、美夜を一連の捜査から外すよう上野に進言したのは真紀だった。
「本音はこんな時くらい神田さんに頼ってもらいたいです。プライベートの話でも、悩んでいるなら相談して欲しい」
『神田はお前に充分頼ってるさ。アイツはお前の気持ちをわかってる』
木崎愁のジョーカー説が濃厚になればなるほど、警察内部の美夜への風当たりは強くなるだろう。犯罪の疑いがある者との個人的接触……それは警察官のタブーだ。
刑事と犯罪者は絶対に相容れない者同士。ましてや恋愛など最大の禁忌。
個人の恋愛くらい自由にさせてやればと、今回に限っては真紀も軽々しく口にできない。
『ジョーカーの情報が少ない今は、可能性をひとつずつ追って潰していくしかない。どこのヤクザもジョーカーの話題にはこぞって口をつぐむ。よほど夏木十蔵が恐いんだろうな』
「夏木十蔵を恐れずにジョーカーの情報提供をしてくれる裏の人間なんて、いませんよね」
『……いや、ひとりいるな。試しに九条を東京拘置所に行かせてみるか』
「拘置所って……まさかの?」
東京拘置所には“あの男”がいる。かつて日本だけでなく世界を掌握しかけていた犯罪組織の帝王は、独房で死刑を待つ身となっても悠々自適に生活しているそうだ。
『そのまさか。恐いものなしの“アイツ”なら、気まぐれにジョーカーの話をしてくれるかもしれん』
「九条くんには、まだ荷が重いのでは……」
『何事も経験だ。むしろ奴は、九条の性格を面白がりそうだな。奴はああいう面白い人間が好きだろう?』
「奴の手玉に取られて終わる気もしますけど……」
真紀の横で上野が失笑している。帝王の掌《てのひら》で右往左往する九条を思うと、笑い事ではない。
『手玉に取られて帰って来てもいいじゃないか。それも大事な経験だ。アイツと対等に渡り合える人間は、早河と美月ちゃんくらいだからなぁ』
「あの二人は別格ですから……。第一、面会の許可が下りますか? 私や一課長でも今は面会が難しくなっていますよ」
『手続きに時間がかかるかもしれないが、なんとかなるだろう』
九条とあの男を会わせるのは多少の不安要素はある。けれど経験を積ませるには、確かにいい機会だ。
美夜も九条も刑事として良い方面に育っている。このまま誰の命も失わずに、事件の終結を迎えたい。
必ず生きて帰る。それが刑事の最大の任務だ。
『あっちの仕掛けの結果が出るのは、あと少しかかりそうか?』
「そうですね。九条くん達のデータを元に、一輝と横山《よこやま》さんと衛藤《えとう》さんが頑張っていますよ。今月末には何らかのアクションがあるはずだと言っていました」
真紀の夫、矢野一輝は夏木コーポレーションの子会社であるエバーラスティングが配信するクライムアクションゲーム〈agent《エイジェント》〉と、連続絞殺事件の因果関係を調べている。
先月、九条や南田を含めた警視庁の警察官数名を被験者に選び、矢野はゲームのサンプルデータを集めた。
〈agent〉アプリはインストールした時点で位置情報が抜かれる仕組みだ。被験者に支給したスマートフォンの位置情報は、すべて警視庁の住所。〈agent〉の管理者も警察の動きに気付いたはず。
第一の仕掛けだけでは獲物は寄ってこない。だから矢野は上野一課長の協力の下、第二の仕掛けを施した。矢野と警察が仕掛けた罠が功を奏す日まで……あと少し。