〜Midnight Eden〜 episode5.【雪華】
 音の頻度からしてトークアプリのやりとりだ。

「メッセージの相手、彼女?」
『違う。姉ちゃん』
「シスコンなんだね」
『そうかも。姉ちゃんが喜ぶことはなんでもしてやりたくなるんだ。陽キャの人気者を演じるのもテストで良い点を取るのも、全部姉ちゃんがしたかったことだから。でも上手くできなくて失敗して、姉ちゃんは心を壊した』

萌子は皮肉のつもりで呟いたのに、勇喜が返した言葉は予想外の内容だった。

「お姉ちゃんのために山岸くんは自分を偽って陽キャを演じてるの?」
『俺と姉ちゃんは一心同体。俺が日の光を浴びれば、姉ちゃんにも同じ光を浴びせてやれる』
「あの……ごめんね。その思想は私には理解できない」
『だろうな』

 周りに理解されなくても構わないと言いたげな勇喜の態度には、彼女も身に覚えがある。彼は以前の萌子に似ていた。

まだ桜が咲いていたあの頃の、鬱屈とした誰にも吐き出せない想いを抱えた萌子に……。

『紺野って陣内先生と仲良かったよな』

 突如、勇喜の話に現れた男の名に心臓が跳ね上がる。今年の春まであれほど訪れていた北校舎の生物準備室には、もう彼はいない。

「仲良いって言うか……先生に本を借りたり、進路の相談に乗ってもらっていただけ」
『それは教師と生徒の関係だと充分仲良い方だろ。俺も陣内先生の授業マニアックで好きだったんだ』

 荒川第一高校の生物教師だった陣内克彦は、四人の女を殺害した連続殺人犯だ。
殺された被害者には萌子の継母も含まれている。継母が亡くなったあの事件以降、父と兄は会社も大学も休んで、しばらく家で塞ぎ込んでいた。

『陳内先生がいなくなって、この学校はつまらなくなったよな』
「私は元々、学校がつまらないけどね。だけど陣内先生がいなくなってから、もっとつまらなくはなった」

校内で陣内の名を口にすることはタブー視されている。教師達にしてみれば、陣内の事件は外部からも内部からも二度と触れられたくない学校の汚点。

陣内に継母を殺された形の萌子にすら、教師達は恐々と接していた。

『姉ちゃんもここの卒業生で陣内先生の生徒だった。陣内先生が殺した前田絵茉って人と同じクラスだったって』
「そうなんだ。偶然って怖いね」

 何が怖いのか口にした途端にわからなくなった。作り物のお化け屋敷やジェットコースターを大して怖いとも思っていないくせに、人は怖い怖いと口走る。

今のはその心理と同じかもしれない。

 萌子の継母が陣内に殺された事実を同じクラスの勇喜は当然知っている。それでも彼は萌子の前で平然と陣内の話を持ち出し、陣内がいなくてつまらないと吐き捨てた。

もしも萌子が継母を好いていて継母を殺した陣内を憎んでいたなら、勇喜を無神経だと糾弾《きゅうだん》しただろう。

だが継母の殺害は、萌子が陣内に依頼した代行殺人だ。萌子と陣内の秘密の共犯関係。
陣内に感謝はしても恨みはしない。陣内のおかげで萌子の家族は何もかも、元通りになれたのだから。
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