〜Midnight Eden〜 episode5.【雪華】
 今朝は寝坊をして弁当が作れなかった。今にも空腹の虫が鳴りそうな気配を抱えて三岡鈴菜が下りのエレベーターに乗り込むと、エレベーター内で同期の丹羽架純と遭遇した。

「あ、すずっ……!」
「お疲れ。やっとお昼だよぉ。寝坊しちゃってお弁当作れなくて、朝ごはんもヨーグルトだけでさ……」
「その様子だとまだ知らない?」
「何が?」
「いや、いいや。食堂に着いてから話すよ」

エレベーター内には鈴菜と架純の他に男性社員が二人、女性社員がひとりいる。彼らの耳を気にして話せないような話題なら、多くの社員が集まる食堂でも気軽に話せないと思うのだが……?

 夏木コーポレーションの食堂は三階に位置する。三階に到着したエレベーターは五人の男女を吐き出した後、鈴菜の背後で口を閉じた。

「昨日、赤坂で同期と飲んだ帰りに木崎さんを見かけたんだ。赤坂駅前で女の人を車で迎えに来てた」

食堂に着いてから話すと息巻いていた架純は、我慢しきれずに食堂に続く廊下でその話を身振り手振りを交えて語り出した。

「昨日は後輩の女の子と同じチームの男性社員二人の四人で契約が取れた打ち上げで飲んでて、赤坂駅に向かって歩いてたの。そうしたら男二人が急にそわそわし始めて。赤坂駅の前に超絶美人が立っててさ、声かけようか迷ってたみたい。私と後輩がその場にいるのに失礼だよねぇ」

 広々とした食堂で二人分の席を確保してから、食券の発券機に向かう。鈴菜はAランチを、架純はハヤシライスを選択していた。

「あんな超絶美女、どうせ彼氏待ちだからメンズ達引っ張って駅に入ろうとしていたところに……」

 そこで架純はやけに言葉を溜める。溜め方が通販番組の宣伝みたいで、苦笑いする鈴菜の隣で架純は左右を見回していた。

側にいるのは食堂で働く従業員だが、ランチタイムの忙しさで彼女達の話を盗み聞きする余裕もないだろう。

それでも人の耳を気にして声の音量を調節した架純が、再び口を開いた。

「なんと現れたのが、愛車に乗った木崎さんだったから全員がびっくり! わざわざ運転席から降りて、女に助手席の扉開けてあげたの。あのクールを極めた木崎さんがよ? 信じられる? 木崎さんの車、黒のクーペなんだね。車種も色もイメージ通り」

 夜の赤坂に黒のクーペで颯爽と女を迎えに来る木崎愁……。架純が目撃した光景を鈴菜は頭に思い浮かべた。
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