〜Midnight Eden〜 episode5.【雪華】
 いい加減に覚悟を決めなければならない。ホテルからの帰り道に伶に連絡を取ると、舞はテレビドラマを見ているらしい。
今帰宅すればちょうどドラマが終わるタイミングだ。舞が就寝する前に決着をつけるには、都合が良い。

 愁の読み通り、帰宅した時にはドラマは終盤に差し掛かっていた。愁が帰ってきても彼に抱き着かず、舞はわざとテレビに視線を集中させているように見える。

ここのところ舞とは顔を合わせても以前よりも会話は減った。愁はこれまでと何ら変わりのない態度で接しているつもりだが、舞の方がよそよそしくなったのだ。

 ドラマを視聴しながらも愁の存在を気にする舞の斜め前に、愁は腰を降ろす。伶に用意させたのは氷とロックグラス、そしてウイスキー。

これから舞と話し合う内容は、愁が最も避けてきた話題。
酒でも飲まないとやっていられない。けれど酒に呑まれて冷静さを欠いてもいけない。
グラスにウイスキーを注ぎながら彼は話の切り出しを模索した。

『舞、話があるんだ』
「今じゃないとダメ……?」

 まだ何も咎められていないのに舞は怒られた犬みたく、しょぼくれた様子だ。一体何に怒られると思っているのか。

心当たりがあるのは先月の舞のテスト結果。全教科が過去最悪の点数だったと伶が嘆いていたが、そんなことで愁はわざわざ怒らない。

『吉田豊。この名前の男と付き合いがあったよな?』
「……何のこと?」

 みるみるひきつる舞の表情を見ていることさえ辛かった。
舞は猫被りでも嘘は上手くない。彼女の顔には、はっきりと狼狽の気配が現れていた。

『全部わかってる。もう隠さなくてもいい』
『愁さん、どういうことですか?』
『舞もいつまでも子どもじゃない。本当のことを知るべきだ。伶もこっちに座れ』

ロックグラスの氷を涼やかに鳴らして、愁は琥珀色の液体を喉に流す。話の展開に戸惑う伶も舞の隣に腰を降ろし、愁と舞に交互に視線を移していた。

「愁さんは吉田さんを知っているの?」
『知っている。お前と吉田が定期的に会っていたことも、吉田と何をしていたかも。吉田はパパ活の相手だよな? ホテルで会っていたんだろ?』
「……ごめんなさい」

 胸に抱き締めたクッションに顔を埋める舞の横で、伶は言葉もなく頭を抱えた。妹が援助交際をしていた事実に動揺するのは兄として当然の反応だ。

『パパ活に手を出したのは自惚れでなければ俺のせいか?』
「それもあるけど、愁さんのせいだけじゃないよ。舞、寂しくて……。愁さんもお兄ちゃんも舞の側にいてくれるけど、時々すっごく寂しくなるの。吉田さんも奥さんを亡くして寂しい人だったから舞と同じなんだなぁって思えたんだ。吉田さんが可愛がってくれるのが嬉しくて……いけないとわかっていたけど、そういうことしちゃったの」

涙声で語られた舞の心情に見え隠れする雨宮冬悟への思慕に苛立ちが募る。舞の寂しさを利用して、上手く騙したものだ。
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