〜Midnight Eden〜 episode5.【雪華】
『吉田の妻は生きてる。娘と息子もいる。全部、舞の同情を引くための作り話だ。そもそも、あの男の名前は吉田じゃない。奴の本名は雨宮冬悟』
『雨宮って……まさかその男は……』

 雨宮の名に反応を見せたのは伶だった。蒼白の顔をさらに青ざめさせた伶は、舞より先に真実の欠片を掴んでいる。

『雨宮は伶と舞の母親、紫音さんの旧姓。ここまで言えば、伶にはわかるよな。舞、お前の前で吉田と名乗っていた男は紫音さんの兄だ。雨宮は舞と伶の血の繋がった伯父なんだよ』
「……吉田さんが……舞の伯父さん……?」
『ああ。雨宮には舞より二つ上の娘もいる。娘はお前達の従姉《いとこ》にあたるが、アイツは自分の娘と同じ年頃の姪を騙して平気で近親相姦をする最低な男だ』

 蘭子の話では、雨宮冬悟の紫音に向ける溺愛は雨宮一族には周知の事実だった。妻の理英も、夫が亡き妹を家族以上の感情で愛していると察していた。

紫音と舞はいわば、雨宮理英の天敵だ。舞は理英にも彼女の子ども達にも、絶対に会わせてはならない。
もしも雨宮冬悟の娘が真実を知れば父の醜態を恥じると共に、父と近親相姦の関係を持った従妹の舞に憎悪を向けるだろう。

 非があるのが男側でも、どういうわけか女は女を敵視する生き物だ。浮気した男ではなく、浮気相手の女を目の敵にして復讐したがる女の生態を、愁は散々この目で見てきた。

「舞は伯父さんと……エッチ……してたの……?」
『舞は何も知らなかった。悪いのは雨宮冬悟だ。でも身体は大切にしなさい。それで妊娠でもすれば取り返しのつかないことになる』

 衝動のままに美夜を抱いた自分が、偉そうに舞に説教できる立場ではないと彼は心で自嘲する。美夜だったら、舞にどう言い聞かせてやれるだろうか。

「吉田さん……じゃなくて、伯父さんといきなり連絡が取れなくなったのは、愁さんとの間で何かあったから?」
『雨宮はお前の裸の動画を会長に一億で買えと要求してきた。動画を撮られていると気付かなかったか?』
「嘘……。全然気付かなかった。愁さんもその動画見たの……?」
『動画は俺も会長も見ている。舞が男に抱かれてる動画なんか、見たくなかったよ』

 愁に裸の動画を見られた羞恥心で舞は頬を染めていた。美夜を偽の恋人に仕立て上げて舞の気持ちへのセーフティネットを張っても、舞の愁に対する感情は消えなかった。

愁が雨宮冬悟を許せないのは舞の寂しさを利用しただけでなく、愁への叶わぬ恋心につけ込んだからだ。

『愁さん、雨宮は今どこに? 舞の兄として話をつけないと気が済まない』
『伶は何も心配するな。お前の気持ちも汲んで俺が最後まで処理をした』

 舞の前で雨宮殺害の詳細は話せない。愁の裏の仕事を知る伶にはその説明だけで事足りる。

『雨宮はもうお前とは会わない。あの男のことは忘れろ。連絡先も消せ。いいな?』
「……うん。だけどなんで? 伯父さんは舞が嫌いだったの? わけがわからない……」

 舞にしてみれば優しくしてくれた男の正体が実の伯父であり、伯父が自分の裸の動画を一億円で養父に売り付けた動機は理解し難い。
< 35 / 185 >

この作品をシェア

pagetop