〜Midnight Eden〜 episode5.【雪華】
ここから先の話はできれば一生、伶と舞には隠し通すつもりでいた。伶にはいつか話すかもしれないが、それも将来的な話。
愁の予定は雨宮の企みによって狂わされた。
『今から話すのはお前達の親の話だ。聞きたくない話もあるだろうが、すべて真実だと覚悟して二人共聞いてくれ』
17年以上も前の大人達の醜い痴情の争いを、このタイミングで話さなければならない己の立場を愁は呪う。愁が背負い続けた秘密の十字架を、伶と舞に背負わせたくはなかった。
『舞が生まれる前から紫音さんは夏木会長と不倫関係にあった。舞は紫音さんと夏木会長の娘だ』
『母さんが会長と不倫……?』
「夏木のパパが舞の本当のパパ? じゃあお兄ちゃんは?」
『伶は認めたくないだろうが、伶の父親は明智信彦で変わらない。伶と舞は父親違いの兄妹になる。……もうひとり、舞には兄がいる』
氷を鳴らして飲み込んだ覚悟の一口は味がなかった。ウイスキーの味を楽しむ心の余裕も今はない。
『舞、俺はお前の腹違いの兄だ。俺と舞は父親が同じなんだ』
「意味が……わからない。愁さんが舞のお兄ちゃん? 嘘だよね?」
『俺の親の話をするよ。俺の父親は夏木十蔵、母親は木崎凛子。俺も夏木会長が不倫で作った子どもだ。俺と舞は異母兄妹、伶と舞は異父兄妹。わかるか?』
舞はいやいやと首を横に振るばかり。錯乱状態の舞の肩を抱いた伶が、愁に顔を向けた。
『俺達の母さんと夏木会長はいつからそういう関係に?』
『お前の父親は紫音さんに辛く当たっていただろ。覚えてないか?』
『父が母に暴力を振るっていた記憶はあります。俺も虐待されていた。父は最低な人間でした』
──“もしかしたら俺があの二人を殺してたかもしれないから。俺の代わりに殺してくれてありがとうございます”──
10年前、冷めた瞳で父親の死体を見下ろす少年が殺人者に放った言葉だ。伶は今も、あの時と同じ瞳の色をしている。
『紫音さんは心を病んだ。夏木会長は紫音さんの相談相手だったんだ。そこからのことは、お前らにも想像はつくよな。紫音さんは夏木の子どもを身籠った』
「それが私……?」
『そうだ。明智が舞の父親の正体に気づいていたかは知らないが、紫音さんは本当の父親を隠し通していた。戸籍上は舞の父親は明智になっている。だが俺の戸籍の父親の欄は空白だ。俺が夏木会長の息子だと知る人間は、朋子《ともこ》さんだけだろうな』
伶も舞も項垂《うなだ》れていた。語られた親達の過去を咀嚼しきれない哀れな兄妹達に、本音はこれ以上の傷を与えたくはない。
『舞が自分の子じゃないとわかったら、あの男は母さんを責める。不倫がバレて母さんは自殺を……』
『それは違う。自殺の直接的な原因は俺の母親だ。俺の母が紫音さんを追い込んだ』
伶と舞を傷付けないためには、ここで話を終わらせるべきだろう。けれど哀れな兄妹は、まだ夏木十蔵を囲む女達の因縁の結末を知らない。
『紫音さんを自殺するまで追い込んだのは俺の母親……木崎凛子だ。母は会長に愛されている紫音さんを妬んで嫌がらせをしていた。あの時に高校生だった俺は毎日、母の紫音さんへの恨み言を聞いていた。いつか母が紫音さんを殺してしまうんじゃないかと怖かった』
女達の因縁の泥沼に引き摺《ず》りこまれた愁の少年時代。
愁の予定は雨宮の企みによって狂わされた。
『今から話すのはお前達の親の話だ。聞きたくない話もあるだろうが、すべて真実だと覚悟して二人共聞いてくれ』
17年以上も前の大人達の醜い痴情の争いを、このタイミングで話さなければならない己の立場を愁は呪う。愁が背負い続けた秘密の十字架を、伶と舞に背負わせたくはなかった。
『舞が生まれる前から紫音さんは夏木会長と不倫関係にあった。舞は紫音さんと夏木会長の娘だ』
『母さんが会長と不倫……?』
「夏木のパパが舞の本当のパパ? じゃあお兄ちゃんは?」
『伶は認めたくないだろうが、伶の父親は明智信彦で変わらない。伶と舞は父親違いの兄妹になる。……もうひとり、舞には兄がいる』
氷を鳴らして飲み込んだ覚悟の一口は味がなかった。ウイスキーの味を楽しむ心の余裕も今はない。
『舞、俺はお前の腹違いの兄だ。俺と舞は父親が同じなんだ』
「意味が……わからない。愁さんが舞のお兄ちゃん? 嘘だよね?」
『俺の親の話をするよ。俺の父親は夏木十蔵、母親は木崎凛子。俺も夏木会長が不倫で作った子どもだ。俺と舞は異母兄妹、伶と舞は異父兄妹。わかるか?』
舞はいやいやと首を横に振るばかり。錯乱状態の舞の肩を抱いた伶が、愁に顔を向けた。
『俺達の母さんと夏木会長はいつからそういう関係に?』
『お前の父親は紫音さんに辛く当たっていただろ。覚えてないか?』
『父が母に暴力を振るっていた記憶はあります。俺も虐待されていた。父は最低な人間でした』
──“もしかしたら俺があの二人を殺してたかもしれないから。俺の代わりに殺してくれてありがとうございます”──
10年前、冷めた瞳で父親の死体を見下ろす少年が殺人者に放った言葉だ。伶は今も、あの時と同じ瞳の色をしている。
『紫音さんは心を病んだ。夏木会長は紫音さんの相談相手だったんだ。そこからのことは、お前らにも想像はつくよな。紫音さんは夏木の子どもを身籠った』
「それが私……?」
『そうだ。明智が舞の父親の正体に気づいていたかは知らないが、紫音さんは本当の父親を隠し通していた。戸籍上は舞の父親は明智になっている。だが俺の戸籍の父親の欄は空白だ。俺が夏木会長の息子だと知る人間は、朋子《ともこ》さんだけだろうな』
伶も舞も項垂《うなだ》れていた。語られた親達の過去を咀嚼しきれない哀れな兄妹達に、本音はこれ以上の傷を与えたくはない。
『舞が自分の子じゃないとわかったら、あの男は母さんを責める。不倫がバレて母さんは自殺を……』
『それは違う。自殺の直接的な原因は俺の母親だ。俺の母が紫音さんを追い込んだ』
伶と舞を傷付けないためには、ここで話を終わらせるべきだろう。けれど哀れな兄妹は、まだ夏木十蔵を囲む女達の因縁の結末を知らない。
『紫音さんを自殺するまで追い込んだのは俺の母親……木崎凛子だ。母は会長に愛されている紫音さんを妬んで嫌がらせをしていた。あの時に高校生だった俺は毎日、母の紫音さんへの恨み言を聞いていた。いつか母が紫音さんを殺してしまうんじゃないかと怖かった』
女達の因縁の泥沼に引き摺《ず》りこまれた愁の少年時代。