〜Midnight Eden〜 episode5.【雪華】
11月12日(Mon)

 鎮痛剤の効果が薄れてきた途端に、刺すような鋭い痛みが下腹部に走る。神田美夜は車のシートに深く背中を預けて、下半身を覆う厚手のブランケットの上から腹部をさすった。

 停車する車の傍らに立つ公園の木々は、葉を赤や茶色に染めている。ひらひらと風に舞う葉を目で追っていると、フロントガラス越しに相棒の九条大河の姿が見えた。

『おーい、神田。生きてるか?』
「人をゾンビ扱いしないで。ちゃんと生きてます」
『顔色はゾンビだけどな。ほら、たい焼きとあったかいお茶。そこのスーパーで売ってた。これ食べて薬飲め』

 運転席から伸びた大きな手が茶色い紙袋とペットボトルを差し出した。まず紙袋を受けとると、ほんのり温かい。
袋には二匹のたい焼きが仲良く収まっている。

「ありがとう。生理の時って、普段は食べない甘い物が食べたくなるのよね」
『そういう人多いよな。ひとつは俺のだから』

 美夜の持つ袋からたい焼きを一匹掴み出した九条は、甘い匂いを放つその物体を目の高さまで持ち上げてまじまじと眺めている。
美夜も袋からもう一匹のたい焼きを取り出した。

『たい焼きは頭から食べる派? しっぽ派?』
「どっちでもなく、袋から出した時の向きによる派」
『こだわらないのが神田らしいな』

九条は頭からかぶり付いていた。たまたま向きがしっぽだった美夜は、こだわりなくしっぽ側からかじる。

三口目であんこに出会えた。つぶあんの優しい甘さが痛みに堪える身体を喜ばせる。

「美味しい」
『うん、これは当たりのたい焼きだった。……神田の生理周期把握してる同僚って俺くらい?』
「それもどうかとは思うんだけどね。張り込み中のトイレ問題もあるから仕方ない」

 犯罪者の追及は時に命の危険を伴うため、警察官はバディとなった相棒に自分の命を預けている。バディはいわば運命共同体だ。

一方が体調不良の場合に一方が業務をサポートできるよう、バディは互いの健康状態の把握が必要不可欠。

 しかし所轄時代のバディだった男性刑事とは、こんな話はしなかった。
生理は女だけが抱える身体的なハンディキャップ。身体の造りの違いを理由に周りの男性に見下されたくなかった。

九条とは対等な関係を築きつつも、彼は美夜の身体を気遣ってくれる。九条に生理の話をしたのは、バディ結成から2ヶ月経った6月頃だった。
< 4 / 185 >

この作品をシェア

pagetop