〜Midnight Eden〜 episode5.【雪華】
11月30日(Fri)

 紅椿学院高校の校舎に冷たい雨が降り注ぐ。帰りのHRを終えた生徒達は帰宅する者、部活動や委員会活動に向かう者、補習や自習室で居残り学習をする者、それぞれの放課後に向けて教室から散っていった。

 高等部一年生、C組の教室にはまだ半分の生徒が居残っている。
石本和美と中西恵里佳は今日の英語の小テストの結果が悪く、ペナルティで出された課題プリントの問題をだらだらと解きながらお喋りに興じていた。

「まいまい、今日も元気なかったね」
「遊び誘っても全然乗ってこないし、つまらないよね」

 和美と恵里佳の話にクラス委員の大橋雪枝は学級日誌を書く手を止めた。彼女達がまいまいと称す人物は、雪枝がこの世で最も嫌いなあの女だ。

「まいまいの誕生日プレゼントの予算いくらにする?」
「去年が二万だから、今年は三万。毎年、無言の圧力で金額のハードル上がるのきついなぁ」

和美と恵里佳に相槌を打つのは須藤亜未。小テストで合格点だった亜未は、和美と恵里佳の近くの席に座って菓子パンを頬張っていた。

「でも私達は中等部の頃から毎年まいまいにプレゼントあげてるのに、まいまいからは誕生日のプレゼントもらったこと一度もないよね?」
「きっと私達の誕生日も覚えてないよ」
「仕方ないよぉ。あの子はお姫様で私達は家来だもん。姫が家来にプレゼントなんかあげないよねぇ」
「あのワガママお姫様ぶりはイラッとするけどね。可愛い私はどんなワガママも許されるのよ、って思ってそう」

 三人の話に耳を澄ます雪枝は、冷めた心で苦笑した。

課題の居残りで他にもクラスメイトが教室にいるのに、彼女達が堂々と、“まいまい”への不満を口にできるのは、“まいまい”への不平不満は学校全体のオフレコだからだ。
誰もがここだけの話で流す、暗黙のルール。

「我慢しなよ。まいまいといると、夏休みはリゾートホテルのスイートルームに泊まれるしぃ、赤坂ロイヤルホテルのデザートビュッフェやエステはタダになるしぃ、まいまいの“友達”ってだけで得することばかりだよ」
「それはわかってるけど。でも元気のないまいまい見て、ちょっといい気味って思っちゃった」
「あははっ。わかるわかる。私達は“まいまいの友達”って立場を上手く利用しながら付き合えばいいんじゃない?」

 くだらない不満話をこれ以上聞きたくない。手早く書き終えた学級日誌を閉じて席を立った雪枝に、恵里佳が気付いた。

「ねぇ、大橋さんもまいまいに誕生日プレゼントあげるんだよ。まいまいの誕生日、前に教えてあげたから知ってるよね? 予算は三万ね」
「……私も?」
「当たり前でしょ。大橋さんこそ、まいまいの奴隷なんだから」

逆らう言葉が見つからない雪枝を指差して、和美が失笑する。

「大橋さんが三万出すのは無理じゃない?」
「お父様、守山ハウジングの役員って言うけど末席だったよね。大橋さんってカード持ってるの?」
「その前にお小遣いもらえてるぅ?」

 小馬鹿にする三人の笑いを背にして教室を後にする。職員室にいる担任教師に日誌を提出した雪枝は、昇降口の外で待ち受ける憂鬱な雨に溜息をついた。
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