〜Midnight Eden〜 episode5.【雪華】
 あの学校は腐っている。教師も生徒も腐っている。
一年生にして雪枝は、生徒の保護者でしかないはずの夏木十蔵に完全に支配されている学校に絶望を感じていた。

 舞の機嫌をとるのは教師だけではない。
中流の家の娘は上流の家の娘の機嫌を窺い、少しでもおこぼれに与《あずか》ろうとする。友達だなんて聞こえのいい言葉を隠れ蓑に、金魚の糞をしている和美達がその典型だ。

父親の権力を盾にワガママ放題な舞が、友達や同級生から密かに疎まれている現状は雪枝にはいい気味ではある。けれど舞の前では笑顔を取り繕い、舞を持て囃《はや》す和美達が、舞がいない時に彼女への不平不満を愚痴る様は見てみて気持ちが悪い。

 雪枝にしてみれば、ワガママな舞も金魚の糞の和美達もどっちもどっちに思える。

 雨の街を歩いて到着した三田駅の改札口の前で、雪枝は手元のパスケースを見下ろした。パスケースのポケット部分には彼女の御守りが入っている。

入学直後、夏木舞に逆らってはならないと言う紅椿学院の掟を知らなかった雪枝は、舞の怒りを買ってしまった。

 舞の憂さ晴らしのターゲットにされた雪枝は、以降の学校生活を舞の奴隷として過ごさなければならなくなった。

舞と舞を囲む和美達の駒使い。宿題や授業ノートの写し、パシりは当たり前。
掃除をしない舞に代わって雪枝が毎日、自分の担当区域が終わった後に舞の担当区域まで出向いて掃除を行っている。

 やりたくもないクラス委員は舞の鶴の一声で雪枝に決まった。クラス委員とは名ばかりのクラス全員の都合の良い雑用係。

舞だけではなく、この学校は同級生も姫気質の強いお嬢様の集まりだ。女王の舞がいない場所では、クラスメイト達もクラス委員の雪枝に雑用を言い付け、平気で下僕扱いしている。

 雪枝が舞やクラスメイトの使いパシりをする事実を教師達は周知だ。しかし教師は、舞やクラスメイトを叱責しない。
中等部の生徒も高等部の生徒も傍観者。すべては舞と夏木十蔵を敵に回したくないからだ。

様々な業界に顔の効く夏木十蔵を敵に回せば、親の仕事にも影響が及ぶ。親が仕事を失えば、お嬢様達は今のような裕福な暮らしができなくなる。

 人間は皆、自分が一番可愛い。保身のためならいじめも見て見ぬフリ。

 雪枝に手を差し伸べてくれる人も、舞の奴隷である雪枝と友達になろうとしてくれる人もいない。

誰も助けてくれない孤独な学校生活が始まって数日が経過した春の帰り道に地元、五反田《ごたんだ》のコンビニで、あの人と出会った。

何もかも嫌になって、自暴自棄になりかけた雪枝が犯罪の闇に伸ばしかけた片手を、あの人の大きな手が包んでくれた。
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