〜Midnight Eden〜 episode5.【雪華】
 パスケースに入れた御守りはあの時に万引きしかけたチョコレートの空き箱。あの人が買ってくれたチョコレートは、赤と白のパッケージをしたいちご風味のチョコレートだ。

チョコを食べ終えても空き箱が捨てられなかった彼女は、箱の一部を切り取り、パスケースのポケットに入れて大切に持ち歩いている。

 あの人への淡い恋心を自覚したのは、夏の終わり。
親との関係や学校のいじめに疲れた心を癒してくれたのはあの人だった。

親身に話を聞いてくれるあの人のことを考えると顔が火照って鼓動は速くなり、夜も眠れない。勉強ばかりで恋とは無縁の思春期を過ごしてきた雪枝の、初めての恋だった。

 あの人に好きな人がいると気付いたのは、街に金木犀の薫りが漂う秋の頃。
警察官のあの人が話してくれる話題にたびたび登場する相棒の女性が、あの人の想い人だと察したのも同じ頃だった。

 あの人が相棒の話をする時、雪枝はいつも心の奥が痛くなる。相棒の話が愚痴に見せかけたラブレターになっていると、あの人は気付いていない。

好きな人には好きな人がいる。初めての恋で経験するにはあまりにも残酷な現実だ。

 ホームに流れ込む電車に乗り込んで、電車の揺れに身を任せる。御守りの入るパスケースを握りしめた雪枝の口から漏れたのは、躊躇《ためら》いの溜息。

 “計画”は着々と進んでいる。実行は来週火曜日、舞の誕生日の当日にこの腐った世界を終わらせる。
その日を越えたら元の生活には戻れない。きっと親には迷惑をかける。親不幸者だと泣かれるだろう。

 何かが変わるかもしれない期待と何も変わらないかもしれない不安のせめぎあい。

 あの人との連絡の頻度は減った。今も月に二度ほどあの人から連絡が来るが、雪枝の方が返事を素っ気なく返してしまう。
会って話をしたのも、学校をサボって結果的にあの人に迷惑をかけた10月が最後だ。

 会いたい。でも会いたくない。
闇の手前で雪枝を止めてくれたあの人への後ろめたさが、あの人を拒んでいる。
雪枝が抱えるドロドロとした負の感情は、善意の塊で生きるあの人にはきっと理解されない。

だけどもしかしたら会えるかもしれない。その日になれば、会いに来てくれるかもしれない。
だって……あの人は刑事だから。



Act2.END
→Act3.恋々残映 に続く
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