〜Midnight Eden〜 episode5.【雪華】
Act3.恋々残映
夢に見ていた十六歳の誕生日は、なんて事ないつまらない日々の延長だった──。
*
12月4日(Tue)
ピンク色の弁当箱に敷き詰められたチキンライスを覆う、ふかふかの黄色い布団。弁当の中身は舞の好物のオムライスだ。
弁当を作り終えた夏木伶は、いまだ起床しない妹の部屋の前に仁王立ちする。
『舞ー。そろそろ起きて朝ごはん食べないと遅刻するよ。学校にすっぴんで行けるって言うなら、まだ寝ていてもいいけど』
控えめにノックをしても返事がない。細く開けた扉から中を覗くと、ベッドが人型に盛り上がっていた。
伶は人型の盛り上がりに触れた。身体を軽く揺すり妹の名を呼ぶ。
意識は目覚めていたのだろう。すぐに目を開けた舞は、ぼうっと伶を見上げていた。
『いつも誕生日の朝は浮かれて早起きしてくるくせにどうした? 具合悪い?』
「ううん。大丈夫。……顔洗ってくる」
今日は舞の十六歳の誕生日だ。去年の誕生日にあんなに来年の誕生日を楽しみにしていた舞は、伶と目を合わせてもにこりとも笑わなかった。
2018年時点の日本の法律では、女は十六歳で結婚できる。そんな情報を耳年増の舞がどこで得たのかは知らないが、小学生ですでに舞は十六歳になった時に愁と結婚すると宣言していた。
愁も伶も冗談半分に聞き流していたあの結婚宣言が、まさか本気だったとは今も思わない。けれど舞にしてみれば、法律的に婚姻が認められる十六歳という数字は、愁との年齢の距離を埋めるひとつの指標だった。
舞と伶の朝食の皿がダイニングテーブルに並ぶ。舞はいただきますと小声で呟いて、チョコクロワッサンを口に運んだ。
『今年もホテルのディナー予約してあるから。プレゼントはその時にね』
「……うん」
ここのところ舞は常にこんな調子だ。お喋りだった口数は少なくなり、日常の会話が続かない。
食事も残す回数が増えた。体調を聞けば具合は悪くないと言う。念のため病院で検査を受けさせたが、どこにも異常は確認できなかった。
片腕を伸ばし、ダイニングテーブルの向こうの舞の額に手を当てた。舞の平熱と伶の平熱は近い。自分の額と比べても、そこまで熱さは感じない。
『熱はないな……。本当に大丈夫か? 舞が元気でいてくれないと俺は悲しい』
「お兄ちゃんは優しいね。舞のこと、いつも一番に考えて守ってくれる。舞はお兄ちゃんが大好きだよ」
そんなに無理して笑った顔で大好きと言われても、素直に喜べない。舞の元気を奪った正体を伶は知っている。
食欲不振と鬱ぎがちな今の状態は、やはり精神的な影響によるもの。
「“お兄ちゃん”はひとりでよかったのになぁ。二人もいらない」
『舞……』
最悪のタイミングだった。兄が二人もいらないと舞が口にした時には、すでに木崎愁がリビングの入り口に立っていた。
愁は舞のもうひとりの兄だ。伶自身、まだ愁と舞の血縁関係と母の不倫の事実を受け止めきれずにいる。
気まずそうに顔を伏せる舞の横を通って、愁がキッチンに入った。彼を追いかけてキッチンに立つ伶は愁用のモーニングプレートを用意する。
『……愁さんコーヒーは?』
『いいよ、自分で淹れる。伶も飯食ってろ』
ポーカーフェイスな愁は今、何を思うだろう。舞の一言に傷付いていても彼はそれをおくびにも出さない。
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12月4日(Tue)
ピンク色の弁当箱に敷き詰められたチキンライスを覆う、ふかふかの黄色い布団。弁当の中身は舞の好物のオムライスだ。
弁当を作り終えた夏木伶は、いまだ起床しない妹の部屋の前に仁王立ちする。
『舞ー。そろそろ起きて朝ごはん食べないと遅刻するよ。学校にすっぴんで行けるって言うなら、まだ寝ていてもいいけど』
控えめにノックをしても返事がない。細く開けた扉から中を覗くと、ベッドが人型に盛り上がっていた。
伶は人型の盛り上がりに触れた。身体を軽く揺すり妹の名を呼ぶ。
意識は目覚めていたのだろう。すぐに目を開けた舞は、ぼうっと伶を見上げていた。
『いつも誕生日の朝は浮かれて早起きしてくるくせにどうした? 具合悪い?』
「ううん。大丈夫。……顔洗ってくる」
今日は舞の十六歳の誕生日だ。去年の誕生日にあんなに来年の誕生日を楽しみにしていた舞は、伶と目を合わせてもにこりとも笑わなかった。
2018年時点の日本の法律では、女は十六歳で結婚できる。そんな情報を耳年増の舞がどこで得たのかは知らないが、小学生ですでに舞は十六歳になった時に愁と結婚すると宣言していた。
愁も伶も冗談半分に聞き流していたあの結婚宣言が、まさか本気だったとは今も思わない。けれど舞にしてみれば、法律的に婚姻が認められる十六歳という数字は、愁との年齢の距離を埋めるひとつの指標だった。
舞と伶の朝食の皿がダイニングテーブルに並ぶ。舞はいただきますと小声で呟いて、チョコクロワッサンを口に運んだ。
『今年もホテルのディナー予約してあるから。プレゼントはその時にね』
「……うん」
ここのところ舞は常にこんな調子だ。お喋りだった口数は少なくなり、日常の会話が続かない。
食事も残す回数が増えた。体調を聞けば具合は悪くないと言う。念のため病院で検査を受けさせたが、どこにも異常は確認できなかった。
片腕を伸ばし、ダイニングテーブルの向こうの舞の額に手を当てた。舞の平熱と伶の平熱は近い。自分の額と比べても、そこまで熱さは感じない。
『熱はないな……。本当に大丈夫か? 舞が元気でいてくれないと俺は悲しい』
「お兄ちゃんは優しいね。舞のこと、いつも一番に考えて守ってくれる。舞はお兄ちゃんが大好きだよ」
そんなに無理して笑った顔で大好きと言われても、素直に喜べない。舞の元気を奪った正体を伶は知っている。
食欲不振と鬱ぎがちな今の状態は、やはり精神的な影響によるもの。
「“お兄ちゃん”はひとりでよかったのになぁ。二人もいらない」
『舞……』
最悪のタイミングだった。兄が二人もいらないと舞が口にした時には、すでに木崎愁がリビングの入り口に立っていた。
愁は舞のもうひとりの兄だ。伶自身、まだ愁と舞の血縁関係と母の不倫の事実を受け止めきれずにいる。
気まずそうに顔を伏せる舞の横を通って、愁がキッチンに入った。彼を追いかけてキッチンに立つ伶は愁用のモーニングプレートを用意する。
『……愁さんコーヒーは?』
『いいよ、自分で淹れる。伶も飯食ってろ』
ポーカーフェイスな愁は今、何を思うだろう。舞の一言に傷付いていても彼はそれをおくびにも出さない。