〜Midnight Eden〜 episode5.【雪華】
感情の見えない愁と決まり悪そうに食事を続ける舞の狭間で伶も頭を悩ませる。どうして、こんな事態になってしまったのか。
会話のない食卓は埼玉にいた少年時代を思い出す。黙々と食事を胃に詰め込んだ舞は、愁と目も合わさずにリビングを出て行った。
張り詰めた重たい空気が舞の退場でわずかに緩和する。伶は肩の力を抜いて、斜め前の愁を一瞥した。
『前に愁さんが、いつか舞に嫌われると言っていた意味がやっとわかりました』
『案の定、嫌われたな』
伶はかぶりを振った。食べ終えた舞の食器と自分の食器を持って、彼は対面式のキッチンに向かう。
『違いますよ。好きだから舞は困ってるんだ。嫌いになりたいのに、愁さんをまだ好きだから。でもこの先、大人になっても絶対に愁さんの恋人にはなれない現実を受け止められない。舞は愁さんとどう接すればいいかわからないんですよ』
『それは俺もだ』
蛇口から流れる水音に紛れて愁の溜息が聞こえた。鉄のポーカーフェイスの裏側で愁も泣いているのかもしれない。
身支度を整えた制服姿の舞がリビングに顔を出す。
落ち込んでいてもメイクとヘアアレンジは通常通り。それでも今日は、少しアイメイクが濃い気がする。
「……お兄ちゃん、愁さん、いってくるね」
『舞、帰り学校迎えに行くから』
「え?」
愁の一言に引き留められた舞は、怪訝に首を傾げた。二杯目のコーヒーを用意していた伶も眉をひそめる。
中等部三年の時に遅刻寸前で、伶が愁の車を借りて学校まで送っていったことはあるが、過去一度も愁が舞を学校まで迎えに行った日はない。
『誕生日の特別待遇。正門の前で待ってろよ』
「……うん。わかった。いってきまぁす」
最後はわざと昔と同じ笑顔を作った舞の足音が遠ざかる。玄関まで舞を見送った伶は、先月から続く愁と舞の膠着《こうちゃく》状態に挟まれ、くたびれていた。
今朝の愁は比較的スローペースだ。出社時間のかなり前に家を出る日もあれば、重役出勤さながらの遅い朝もある。今日は後者だった。
『警察の動きはどうですか?』
『サツは水面下で動くものだ。そのうち逮捕状でも持って俺を逮捕しに来るんじゃねぇの?』
新聞を広げて、悠々と伶が淹れた二杯目のコーヒーと煙草を楽しむ愁からは焦燥感を感じない。コーヒーの匂いと煙草の匂いが混ざった空気は、この家定番の匂いだ。
『そのわりにずいぶん余裕ですね』
『逮捕状は俺がジョーカーだと示す証拠が掴めればの話。俺はそこまでヘマやらかしてきてねぇよ』
警察が動き始めたと聞いたのは先月の中頃。夏木コーポレーションと子会社のエバーラスティングに刑事が訪問したらしいが、警察は愁にも伶にも逮捕状を出せずにいる。
当然だ。愁がジョーカーである証拠も伶がエイジェントである証拠も、簡単には出てこない。
会話のない食卓は埼玉にいた少年時代を思い出す。黙々と食事を胃に詰め込んだ舞は、愁と目も合わさずにリビングを出て行った。
張り詰めた重たい空気が舞の退場でわずかに緩和する。伶は肩の力を抜いて、斜め前の愁を一瞥した。
『前に愁さんが、いつか舞に嫌われると言っていた意味がやっとわかりました』
『案の定、嫌われたな』
伶はかぶりを振った。食べ終えた舞の食器と自分の食器を持って、彼は対面式のキッチンに向かう。
『違いますよ。好きだから舞は困ってるんだ。嫌いになりたいのに、愁さんをまだ好きだから。でもこの先、大人になっても絶対に愁さんの恋人にはなれない現実を受け止められない。舞は愁さんとどう接すればいいかわからないんですよ』
『それは俺もだ』
蛇口から流れる水音に紛れて愁の溜息が聞こえた。鉄のポーカーフェイスの裏側で愁も泣いているのかもしれない。
身支度を整えた制服姿の舞がリビングに顔を出す。
落ち込んでいてもメイクとヘアアレンジは通常通り。それでも今日は、少しアイメイクが濃い気がする。
「……お兄ちゃん、愁さん、いってくるね」
『舞、帰り学校迎えに行くから』
「え?」
愁の一言に引き留められた舞は、怪訝に首を傾げた。二杯目のコーヒーを用意していた伶も眉をひそめる。
中等部三年の時に遅刻寸前で、伶が愁の車を借りて学校まで送っていったことはあるが、過去一度も愁が舞を学校まで迎えに行った日はない。
『誕生日の特別待遇。正門の前で待ってろよ』
「……うん。わかった。いってきまぁす」
最後はわざと昔と同じ笑顔を作った舞の足音が遠ざかる。玄関まで舞を見送った伶は、先月から続く愁と舞の膠着《こうちゃく》状態に挟まれ、くたびれていた。
今朝の愁は比較的スローペースだ。出社時間のかなり前に家を出る日もあれば、重役出勤さながらの遅い朝もある。今日は後者だった。
『警察の動きはどうですか?』
『サツは水面下で動くものだ。そのうち逮捕状でも持って俺を逮捕しに来るんじゃねぇの?』
新聞を広げて、悠々と伶が淹れた二杯目のコーヒーと煙草を楽しむ愁からは焦燥感を感じない。コーヒーの匂いと煙草の匂いが混ざった空気は、この家定番の匂いだ。
『そのわりにずいぶん余裕ですね』
『逮捕状は俺がジョーカーだと示す証拠が掴めればの話。俺はそこまでヘマやらかしてきてねぇよ』
警察が動き始めたと聞いたのは先月の中頃。夏木コーポレーションと子会社のエバーラスティングに刑事が訪問したらしいが、警察は愁にも伶にも逮捕状を出せずにいる。
当然だ。愁がジョーカーである証拠も伶がエイジェントである証拠も、簡単には出てこない。