〜Midnight Eden〜 episode5.【雪華】
『警戒するのはサツだけじゃない。夏にぶっ潰した木羽《きば》会の残党が、夏木コーポレーションの周りをうろちょろしてるって情報が昨日入った。始末をつける前に奴らが仕掛けてくるかもしれない』
『もし仕掛けてきたら、舞が一番危ないんじゃ……』
『心配するな。今朝は日浦に舞の警護をさせてる。帰りは俺が迎えにいくし、他の行き帰りもしばらくは日浦や部下に警護させる』
それで唐突の迎えの話となったわけだ。帰りの車内でも、また気まずい雰囲気にならなければいいが。
『お前、こうなってもまだエイジェントを辞める気にはならないのか?』
『らしくないこと言わないでください』
『殺しを続けても夏木の手駒にされるだけだ。今のうちに手を引け』
『手駒は承知です。だけどエイジェントは俺の居場所なんですよ。存在理由なんです』
伶は夏木十蔵を端《はな》から信用してない。夏木十蔵も夏木朋子も、上部だけの胡散臭い大人だ。
夏木十蔵を利用しているのはこちらも同じ。伶にとっては夏木十蔵の権力も財力も、舞を守る城塞に過ぎない。
伶が唯一信じられた大人は木崎愁だけだった。愁の言葉にはいつでも嘘がない。
『あの時、小学生だった俺は愁さんに憧れた。殺してくれてありがとう……俺もそう言われる立場になりたい。会長からエイジェント計画を聞かされた時、迷わずやろうと決めたのも、愁さんのようになりたかったからです』
『俺みたいになれば破滅するぞ』
『大丈夫ですよ。愁さんに憧れているのは本当ですが、俺は愁さんとは違う』
愁の言葉に嘘が混ざり始めたのは、彼の背後に神田美夜の影がちらつき始めた頃。
本心は見えなくても言葉には嘘がなかった愁は、美夜と伶を会わせた花火の夜に初めて伶に嘘をついた。
『俺が大切なのは生涯、舞だけです。俺はその点で決定的に愁さんと違う。舞以外に大切な女は作らない、舞を悲しませない。舞を守ることが母さんとの約束なので』
『……いちいち報告するまでもないが、女とは別れた』
『それですべてが丸く収まると思いますか? 舞の前で結婚宣言までしておいて。しかも相手は刑事で、愁さんが裏で何をしているかも知っている』
愁と美夜の膠着状態も伶を苛つかせる。殺すなら殺せばいい、逮捕するならすればいい。
たったそれだけのことを躊躇する愁と美夜が、伶には理解できなかった。
『愁さんが神田美夜を殺せるとは思えないな』
『お前にもあの女は殺せねぇよ』
言われた言葉の意味がわからない。数では愁に及ばなくとも、伶も殺人の場数はそれなりにこなしている。
刑事でも相手は女だ。それも細身で体重もない。あの程度の体格なら背後から気絶させて絞め殺せばすぐに死ぬ。
伶の考えなどお見通しとでも言いたげに、愁は冷笑した。咥えた煙草を指に挟んで吐息と共に紫煙を流した殺し屋は、冷笑を微笑に変える。
『簡単に殺せるような隙のある女なら俺がとっくに殺してる。あの女をお前が殺るには10年早い』
やはり納得はできない。けれどわかることがひとつあった。
愁の心にはまだ神田美夜が居座っている。それだけが、愁が伶に示した嘘のない答えだった。
『もし仕掛けてきたら、舞が一番危ないんじゃ……』
『心配するな。今朝は日浦に舞の警護をさせてる。帰りは俺が迎えにいくし、他の行き帰りもしばらくは日浦や部下に警護させる』
それで唐突の迎えの話となったわけだ。帰りの車内でも、また気まずい雰囲気にならなければいいが。
『お前、こうなってもまだエイジェントを辞める気にはならないのか?』
『らしくないこと言わないでください』
『殺しを続けても夏木の手駒にされるだけだ。今のうちに手を引け』
『手駒は承知です。だけどエイジェントは俺の居場所なんですよ。存在理由なんです』
伶は夏木十蔵を端《はな》から信用してない。夏木十蔵も夏木朋子も、上部だけの胡散臭い大人だ。
夏木十蔵を利用しているのはこちらも同じ。伶にとっては夏木十蔵の権力も財力も、舞を守る城塞に過ぎない。
伶が唯一信じられた大人は木崎愁だけだった。愁の言葉にはいつでも嘘がない。
『あの時、小学生だった俺は愁さんに憧れた。殺してくれてありがとう……俺もそう言われる立場になりたい。会長からエイジェント計画を聞かされた時、迷わずやろうと決めたのも、愁さんのようになりたかったからです』
『俺みたいになれば破滅するぞ』
『大丈夫ですよ。愁さんに憧れているのは本当ですが、俺は愁さんとは違う』
愁の言葉に嘘が混ざり始めたのは、彼の背後に神田美夜の影がちらつき始めた頃。
本心は見えなくても言葉には嘘がなかった愁は、美夜と伶を会わせた花火の夜に初めて伶に嘘をついた。
『俺が大切なのは生涯、舞だけです。俺はその点で決定的に愁さんと違う。舞以外に大切な女は作らない、舞を悲しませない。舞を守ることが母さんとの約束なので』
『……いちいち報告するまでもないが、女とは別れた』
『それですべてが丸く収まると思いますか? 舞の前で結婚宣言までしておいて。しかも相手は刑事で、愁さんが裏で何をしているかも知っている』
愁と美夜の膠着状態も伶を苛つかせる。殺すなら殺せばいい、逮捕するならすればいい。
たったそれだけのことを躊躇する愁と美夜が、伶には理解できなかった。
『愁さんが神田美夜を殺せるとは思えないな』
『お前にもあの女は殺せねぇよ』
言われた言葉の意味がわからない。数では愁に及ばなくとも、伶も殺人の場数はそれなりにこなしている。
刑事でも相手は女だ。それも細身で体重もない。あの程度の体格なら背後から気絶させて絞め殺せばすぐに死ぬ。
伶の考えなどお見通しとでも言いたげに、愁は冷笑した。咥えた煙草を指に挟んで吐息と共に紫煙を流した殺し屋は、冷笑を微笑に変える。
『簡単に殺せるような隙のある女なら俺がとっくに殺してる。あの女をお前が殺るには10年早い』
やはり納得はできない。けれどわかることがひとつあった。
愁の心にはまだ神田美夜が居座っている。それだけが、愁が伶に示した嘘のない答えだった。