〜Midnight Eden〜 episode5.【雪華】
美夜達は勉強机の引き出しやチェストを探った。二人の探し物は、萌子のスマートフォン。
殺害された萌子の所持品にはスマホがなかった。現場付近からもスマホは見つかっていない。
萌子は財布や交通系ICカードは所持して出掛けていた。有り得ない話ではあるが、スマホだけ家に忘れた可能性もある。
けれど初めから期待していなかった美夜達の読み通り、萌子の部屋に彼女のスマートフォンは忘れられていなかった。
サラリーマン連続殺人の犯人、西村光のスマホを持ち去った理由を、愁は自分との繋がりを辿れなくするためだと述べた。萌子のスマホを持ち去った犯人も理由は同様であろう。
萌子を殺した人間は誰か。人に嫌われやすい性格だった彼女が、殺意を向けられるほど密接な関わりを持つ人物は捜査線上に浮上してこない。
少年鑑別所で法の監視下に置かれている勇喜も犯人ではない。
後妻の殺人事件から1年経たぬ間に娘が殺され、すっかり老け込んだ白髪混じりの髪をした萌子の父に見送られて、美夜と九条は紺野家を後にする。
『大丈夫か?』
「何が?」
『萌子の裏にはどうしても陣内の影がちらつく。あの時に陣内に言われたこと、まだ気にしてるんじゃないか?』
8ヶ月前の紺野家からの帰り道は、確か雨が降っていた。嫌いな春の雨とは違い、今日は穏やかな冬の晴天が気持ちいい。
陣内に囁かれた魔の言葉は薄気味悪く身体を這い、美夜の心に、にゅるりと侵入を試みた。どんなに追い払っても、魔の底から怪物は這い上がって彼女に囁く。
──“あなたは刑事らしくない。どうしてそちら側にいるんですか?”──
深淵の怪物は今でもじっとこちらを見つめている。
そちら側は愉《たの》しいかい?
そちら側は正しいかい?
怪物の問いかけを無言でやり過ごす彼女は、答えを探してもがき続けていた。
「今でも私って刑事らしくない?」
『刑事らしくはない。けど前に比べたら、人間らしくはなったと思う』
「人間じゃないなら今まで何だったのよ?」
『火星人?』
冗談を言う九条をねめつけ、それぞれ助手席と運転席に乗り込んだ。
車が滑らかに駐車場を滑り出した矢先、美夜のスマホに連絡が入る。電話の相手は小山真紀だ。
「……え? ……はい、わかりました。……はい」
運転席にいる九条を一瞥して美夜はスマホの通話モードをスピーカー設定にした。スピーカーへの切り替えは真紀の指示だ。
{……九条くんも聞こえる?}
スピーカーモードのスマホから真紀の声が聞こえる。ハンドルを握る九条は、よく通る声でスマホに向けて返事をした。
『聞こえてまーす。主任どうしました?』
{紺野萌子殺しの捜査は一旦、別の班に預ける。君と神田さんはすぐに三田駅方面に向かって}
『三田駅?』
{三田駅の近くの女子校で12時頃、発砲と立てこもり事件が発生した。現時点でわかってる情報を伝えるね。犯人は男女合わせて複数人、発生場所は港区芝四丁目の紅椿学院高校}
メモの準備をしていた美夜の動きが止まった。運転中の九条も目を見開き、横目で美夜と九条の視線が絡む。
紅椿学院高校……あの学校には、美夜と顔見知りの少女が二人在学している。夏木舞と大橋雪枝だ。
舞と面識のない九条はおそらく、雪枝の顔を思い浮かべているだろう。
殺害された萌子の所持品にはスマホがなかった。現場付近からもスマホは見つかっていない。
萌子は財布や交通系ICカードは所持して出掛けていた。有り得ない話ではあるが、スマホだけ家に忘れた可能性もある。
けれど初めから期待していなかった美夜達の読み通り、萌子の部屋に彼女のスマートフォンは忘れられていなかった。
サラリーマン連続殺人の犯人、西村光のスマホを持ち去った理由を、愁は自分との繋がりを辿れなくするためだと述べた。萌子のスマホを持ち去った犯人も理由は同様であろう。
萌子を殺した人間は誰か。人に嫌われやすい性格だった彼女が、殺意を向けられるほど密接な関わりを持つ人物は捜査線上に浮上してこない。
少年鑑別所で法の監視下に置かれている勇喜も犯人ではない。
後妻の殺人事件から1年経たぬ間に娘が殺され、すっかり老け込んだ白髪混じりの髪をした萌子の父に見送られて、美夜と九条は紺野家を後にする。
『大丈夫か?』
「何が?」
『萌子の裏にはどうしても陣内の影がちらつく。あの時に陣内に言われたこと、まだ気にしてるんじゃないか?』
8ヶ月前の紺野家からの帰り道は、確か雨が降っていた。嫌いな春の雨とは違い、今日は穏やかな冬の晴天が気持ちいい。
陣内に囁かれた魔の言葉は薄気味悪く身体を這い、美夜の心に、にゅるりと侵入を試みた。どんなに追い払っても、魔の底から怪物は這い上がって彼女に囁く。
──“あなたは刑事らしくない。どうしてそちら側にいるんですか?”──
深淵の怪物は今でもじっとこちらを見つめている。
そちら側は愉《たの》しいかい?
そちら側は正しいかい?
怪物の問いかけを無言でやり過ごす彼女は、答えを探してもがき続けていた。
「今でも私って刑事らしくない?」
『刑事らしくはない。けど前に比べたら、人間らしくはなったと思う』
「人間じゃないなら今まで何だったのよ?」
『火星人?』
冗談を言う九条をねめつけ、それぞれ助手席と運転席に乗り込んだ。
車が滑らかに駐車場を滑り出した矢先、美夜のスマホに連絡が入る。電話の相手は小山真紀だ。
「……え? ……はい、わかりました。……はい」
運転席にいる九条を一瞥して美夜はスマホの通話モードをスピーカー設定にした。スピーカーへの切り替えは真紀の指示だ。
{……九条くんも聞こえる?}
スピーカーモードのスマホから真紀の声が聞こえる。ハンドルを握る九条は、よく通る声でスマホに向けて返事をした。
『聞こえてまーす。主任どうしました?』
{紺野萌子殺しの捜査は一旦、別の班に預ける。君と神田さんはすぐに三田駅方面に向かって}
『三田駅?』
{三田駅の近くの女子校で12時頃、発砲と立てこもり事件が発生した。現時点でわかってる情報を伝えるね。犯人は男女合わせて複数人、発生場所は港区芝四丁目の紅椿学院高校}
メモの準備をしていた美夜の動きが止まった。運転中の九条も目を見開き、横目で美夜と九条の視線が絡む。
紅椿学院高校……あの学校には、美夜と顔見知りの少女が二人在学している。夏木舞と大橋雪枝だ。
舞と面識のない九条はおそらく、雪枝の顔を思い浮かべているだろう。