〜Midnight Eden〜 episode5.【雪華】
 雪枝は銃を所持している。従わなければ自分が殺される恐怖に怯えた生徒達の手が次々とスマートフォンを手にし、一斉にスマホのカメラを夏木舞に向けた。

{“──やだ……。やめて皆! 撮らないで! 撮らないでぇっ!──”}

 舞の悲痛な叫びに重なって聞こえたカメラのシャッター音。椅子に縛られた惨めな姿を、クラスメイトに撮影された舞の恥辱《ちじょく》は想像を絶する。

{“──やめて……かずみん達も酷いよ……助けてよ……──”}
{“──ごめんね。まいまい……。だって……──”}
{“──私達、死にたくないよぉ──”}
{“──まいまいが大橋さんいじめるからこんなことになるんだよ……──”}

 涙でアイメイクが落ちた顔をぐしゃぐしゃにして咽《むせ》び泣く舞と友人の会話は残酷だ。舞の心情を思うと心が痛む。

椅子に縛り付けて拘束された同級生を友人の手でSNSに晒し者にする。雪枝の屈折した感情がここまでさせたのか、それとも第三者の入れ知恵か。

 富裕層にも貧乏人にもSNSサービスは等しく提供される。このご時世にSNSアカウントを持たない高校生がいるはずもない。

動画を流す端末とは別のタブレット端末で検索した結果、紅椿学院高校の生徒らしき数名のツイッターアカウントが舞の写真と動画を載せていた。

 写真や動画の投稿に綴られた文字は、雪枝が黒板に書き記した言葉と一言一句同じ。


〈我々は紅椿学院高校をジャックした。同級生をいじめている夏木舞と、父親の夏木グループ会長、夏木十蔵の罪をここに暴く〉


つけられたハッシュタグは〈#紅椿学院高校立てこもり〉〈#館山リゾートホテル開発問題〉。すべて雪枝が黒板に書いた通りの内容だった。

 教室の占拠は授業中の出来事だったらしい。青ざめた顔の女性教師は教室の隅に縮こまって動けない。
教室の空気は雪枝の意のままにコントロールされている。しかし、教室にいるのは雪枝だけではなかった。

 動画が始まって9分が経過した時、舞の隣に雪枝以外の人間が立った。がっしりとした体格の丸刈り頭の男は、雪枝と同じく銃を手に持っている。
男がカメラに向けて野太い声で叫んだ。

{──“我々は紅椿学院高校を占拠した。夏木十蔵、お前の娘の命はこちらが預かっている。ここにある物がなんだかわかるか? 爆弾だ──”}

男は抱えていたリュックの中身を開けた。箱形の黒色の物体を見せられた生徒の群衆から上がる悲鳴は、男が発した「黙れ」の一言で静まった。

「爆弾は本物ですか?」
{まだはっきりとはわからない。爆発物処理班が爆弾の種類を割り出してる最中よ。この男の身元は判明してる。千葉県館山市在住のジムトレーナー、瀧本航大}

 滝本は自分から館山リゾートホテル計画反対派のリーダーだと名乗っている。警察に身元が突き止められても構わないのだろう。
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