冷徹御曹司の旦那様が、「君のためなら死ねる」と言い出しました
「あ、ちょっ……兄さん!?」

 エントランスのほうから声が聞こえ、はっとして振り向く。呼び止める声をあげたのは、まさかの頼久さんだ。それに構わず、こちらに向かって歩いてくる旦那様の姿も捉えて、私は目を見開いた。

「桐人さん! どうしてここに?」
「商談があって頼久と一緒に来ていたんだが、ふたりが庭を歩く姿が見えたから」

 今日、八影兄弟もここに来るとは……。というかこの状況、また蘭先生と親しくしていたと思われるだろうか。

 凍りつきそうなほどの冷たい瞳に息を呑んだ直後、先生から引き離すようにぐいっと肩を抱き寄せられた。密着した彼は静かな憤りを露わにして、先生に睨むような視線を突き刺す。

「蘭先生、あなたの女癖の悪さは相変わらずですね。人の妻にまで手を出そうと?」
「ちょっ、桐人さん……そんなんじゃありませんから!」

 さすがに否定せずにはいられなくて口を挟んだものの、桐人さんは意に介さず先生から目を逸らさない。蘭先生は気分を害した様子もなく、不敵な笑みすら浮かべている。

「秋華ちゃんの話を聞いてもらえれば、誤解は解けますよ。こんなことくらいで疑うなんて、大人の男としての余裕が足りないのでは?」

 桐人さんを煽るような発言をする彼は、腕を組んで探るような目でじっと見つめ返す。

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