冷徹御曹司の旦那様が、「君のためなら死ねる」と言い出しました
「それとも、まだ夫婦の信頼関係を築けていない……とか」

 桐人さんはまったく動じないというのに、私のほうがぎくりとしてしまった。

 ルームメイトさながらで身体も重ねていなくて、すべてを見せ合った夫婦とは言えない状態の今、〝そんなことはない〟と完全に否定はできないから。

 距離を取ることに決めたのは自分で、夫婦になりきれていないのは私のせいだ。自業自得だけれど桐人さんに申し訳ない気持ちで俯いていると、しっかり肩を抱いたまま彼が口を開く。

「夫婦の信頼関係というものは、長い時間をかけて作っていくものですからね。結婚したばかりの私たちが未熟であるのは否めません」

 落ち着いた口調で認めたものの、直後にその瞳が攻撃的なものへと変化する。

「ただ私は、愛する人が他の男に触れられるのを、黙って見ているような夫にはなりたくないので」

 ぞくりとする低い声で言い放たれ、蘭先生の顔からも笑みが消えた。この間とは比べものにならない険悪な空気が流れ、心臓が縮み上がりそう。

「こらこら兄さん、落ち着いて。先生、すみません」

 そこへやってきた頼久さんは、お兄様の肩をぽんと叩いて宥め、蘭先生に頭を下げる。桐人さんは鋭い瞳を変えずに「失礼します」と告げ、私の肩を抱いたまま踵を返す。

 私は前回と同様、先生に会釈をするだけで、またしても連れ去られる形となってしまった。

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