冷徹御曹司の旦那様が、「君のためなら死ねる」と言い出しました
 社用車を停めてある駐車場へと歩きながら、私たちの隣に並んだ頼久さんがため息混じりに言う。

「まったく兄さんは……。取引に影響したらどうするわけ」
「こんなことで影響するほど、シェーレの製品は不出来じゃない」

 さらっと返され、頼久さんは私に目配せして苦笑し、ひょいと肩を上げた。

 桐人さんは運転手を務める彼に「家まで送ってくれ」と頼み、半ば強引に私も車に乗せられた。彼らは社に戻らなければいけないので寄り道させたくはなかったけれど、今の彼に物申す勇気はない。

 車内では頼久さんがいるので話すのをためらってしまい、今までにない気まずさを感じる沈黙が流れていた。マンションの前に着くと、桐人さんは彼に少し待つよう伝え、私と一緒に車を降りて部屋へ向かう。

 やっとふたりで話せるタイミングになり、エレベーターに乗りながら弁明を始める。

「桐人さん、誤解しないでくださいね。仕事が終わった後、先生の妹さんに会っていただけですから」
「……妹?」
「はい。私と同じ血管炎を患って入院している子なんです」

 なるべく温和な声色で、先ほどの状況に至るまでの経緯をざっと説明した。桐人さんはほとんどこちらを見ずに、耳だけ傾けている。

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