冷徹御曹司の旦那様が、「君のためなら死ねる」と言い出しました
 結海ちゃんも〝危なーい!〟と私に訴えるような表情をして、先生が見ていない隙に小刻みに首を横に振っている。

「いいですいいです、ひとりで帰れます!」
「俺も仕事ないし、もう暗くなってるのに送らないのは気が引ける。結海も夕飯の時間になるし」
「いや、もっと遅くに帰る時もありますから……!」

 もちろん断り続けるものの、彼は本当に口がうまく、絶妙な強引さで拒否できなくさせられてしまう。

 さらに人質のごとく私の職服が入ったバッグを持たれ、「さあ、帰ろう」と爽やかに微笑まれる始末。それが計算にも、純粋な厚意にも感じられるから厄介だ。

 どうしよう、埒が明かない。これまではそんなに彼を警戒していなかったけれど、それでもさすがに送ってもらう流れになったら断っていたと思う。

 蘭先生が私を口説こうとする、という結海ちゃんの予想が仮に間違っていたとしても、彼の車に乗るのは避けたい。やっぱり桐人さんに嫌な思いをさせたくないし、なにより私自身が他の男性と密室でふたりにはなりたくないから。

 頭の中で警告音が鳴り響いた時、ふいにある考えが浮かんだ。

 先生と結海ちゃんが話している間に、私はスマホを取り出して素早くメッセージを打つ。どうか気づいて、と念じながら送信した。

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