冷徹御曹司の旦那様が、「君のためなら死ねる」と言い出しました
 私は唇を噛んで視線を下げ、チーフの後に続いて桐人さんの横を通り過ぎる。その瞬間、「秋華」と小さく声をかけられたものの、顔も見られずぺこりと会釈するしかなかった。

 病室を出る際に一瞬見えた絢は、今しがたの怒りはどこへやら、柔らかい表情で微笑んでいた。

 もしかして、彼女が急にしおらしくなったのは桐人さんが来たのに気づいたから? 私にとっては最悪だけれど、あの子にとってはいいタイミングだったな。

 彼との鉢合わせでさらにダメージを受け、重い足取りで廊下を歩きながらチーフに謝る。

「すみませんでした、チーフ……問題を起こしてしまって」
「あ~いいのよ。これも仕事のうちだし、もっと厄介なクレームの対処をする時だってあるんだから」

 明るくさっぱりと返す彼女は、ぽんぽんと私の背中を軽く叩いた。彼女の寛大さに救われて、ほんの少し心が軽くなる。

「他のスタッフにも聞き取り調査するから。稲森さんのミスじゃなければ、誰かが故意にやったとしか思えないもの」

 難しい顔をするチーフに、私も頷いた。

 彼女の言う通り、今回はただのミスではないと思う。私が配膳車に入れた後に、ゼリーを抜いてキウイフルーツに変えたということになるのだから。

 誰がなんの目的でそんなことをしたのかまったくわからず、もやもやしたものを抱えたまま仕事に戻った。

< 183 / 233 >

この作品をシェア

pagetop