冷徹御曹司の旦那様が、「君のためなら死ねる」と言い出しました
 彼女に会ったのは手術前の一度きりで、元気になったという話は蘭先生から聞いた。これでやっと彼女も社会に出られる。本当によかったと、俺はひとり胸を撫で下ろしていた。

 ところが数カ月後、中年男性の患者に秋華と同じ人工血管の臨床試験を行った結果、再び血管が閉塞してしまうトラブルが起こった。足の壊死は止められず、小指周辺を切断することになってしまったのである。

 それ以来、病院で会った蘭先生は暗澹とした表情で、皮肉混じりにこう言った。

『秋華ちゃんはたまたま成功しただけだったんですよ。もしかしたら、俺たちは彼女の足を奪っていたかもしれない。あんな危険すぎる賭けは、もうさせないでください』

 その言葉の重みは相当なものだった。彼の言う通り、万が一秋華の手術でトラブルが起きたら彼女もこうなっていたと思うと背筋が凍る。

 臨床試験ではこういったリスクがあるというのは、俺も先生も当然承知している。しかし、きっと大丈夫だろうという慢心がなかったとは言いきれない。

 安全性が確立されたわけではない手術を行うことの怖さを、身をもって痛感した。


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