冷徹御曹司の旦那様が、「君のためなら死ねる」と言い出しました
 周りにいる社員も、関わらないようにしよう……とでも言いたげに、身をすくめて通りすぎていく。ふたりの周辺だけ温度が下がったみたい。

 シェーレが開発した極細の注射針は〝痛くない注射〟として国内ではトップシェアを誇り、海外にも高い評価を得ていると有名だ。それよりさらに細いものを作るとなれば当然難しい。百社にかけ合ったのもすごいと思うけれど、社長はそれくらい断られるのは想定済みなのだろう。

 彼はまったく表情を変えず、こちらに徐々に近づきながら淡々と話す。

「業者は国内にいくつもあります。たった数人で営む町工場でも、世界最高レベルの技術を持っていたりする。そういう職人の方々を探して説得し、頭を下げるのがあなたの仕事でしょう。それでも無理だと言われ、本当にどうしようもなくなった際には話をお聞きします。出直してください」

「は、はい……! 失礼しました!」

 ぴしゃりと言い切られた男性社員は、背筋を伸ばして一礼し、別のブースへぴゅーっと去っていった。私の前にやってきた若い女性社員のふたりが、料理を頼んだ後、肩を寄せ合ってこそこそと話す。

「相変わらず冷徹な社長だわ。口調は丁寧だし怒ったりもしないけど、容赦なく突き放すっていうか」
「静かな威圧感がすごいよね。笑ったところなんて見たことないし。頭と顔がよすぎて、異世界から来た人って感じ」

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