冷徹御曹司の旦那様が、「君のためなら死ねる」と言い出しました
 存在感を消して俺たちのやり取りを静観していた男は、頼久が出ていくとスーツを纏った長い脚を組んで話しかけてくる。

「八影社長は厳しいですねー、相変わらず。なのに、社員からのコンプラ的な相談はほとんどないんだから不思議ですよ。なにか秘策があるなら俺が教えてほしいくらいです」

 苦笑いする彼は、シェーレの顧問弁護士である稲森皐月。三十歳という若さだが、問題解決能力に長けている優秀な人間で俺も信頼している。ついでに顔立ちも整っているいい男だ。

 経営状況の確認をしに定期的にやってくる彼と話をしている最中、頼久がやってきたので中断していた。俺はデスクを離れ、彼の向かいのソファに移動しながら言う。

「当たり前のことしかしていませんよ。社員の頑張りを認めて相応の報酬を与え、そうできるような労働環境や制度を整えているだけです。製品の開発に厳しいのも当然。この仕事では妥協したら終わりですから」

 俺が周りから、冷徹だとか血も涙もない人間だと思われているのは知っているし、あながち間違いではない。

 医療の現場ではひとつのミスも許されないような緊張感を持って、医療従事者が患者と向き合っている。そこに俺たちが生み出す機器も深く関わってくると考えれば、妥協などできないのだ。

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