吸って吐いて息が詰まって

桜の香り

目の前が暗転した。いや、意識もか。溺れる先で人間は何を掴またくてもがくのだろうか。必死に酸素を探す中、先程までの記憶など全て昔の記憶に変わっていく。目が回る。頭が回る。何かが崩れる。手を伸ばす暇もない位の速さで何かが無くなっていく。やめてくれ。壊れてしまう。
何をなくしているんだろう。何か...大切な。

暗転した視界は晴れて、目を開けた。光なんて強くないはずなのに白の基調が激しくて反射的に目を閉じてしまった。もう少し寝させて欲しい。まだ学校にも早いだろう。
だが、そこまで考えて私はようやく気付く。ここは私の家では無いことを。私の部屋は敷布団だ。ベッドなんかない。それにこんなに白い天井ではなく温かみのある古臭い感じの木で出来た天井だ。何もかもおかしい。そのまま飛んでどこまでも行けそうな位勢いよく体をあげる。まじでここは何処なんだ...。流石の私でもパニックを起こしそうになり頭を抱えた瞬間勢いよくカーテンが開けられた。
「起きましたか?御自分の事は分かりますか?」
そう白衣を纏ったサラリと流れる音を出しそうなほど綺麗な黒髪を後ろで低く1つに束ねた女性は問いた。そこでようやく自分の頭が動いた。
「病院...、?」
更に困惑する私に優しく彼女は続ける。
「はい。ここは病院です。記憶はありますか?」
記憶。記憶。なんで私は、運ばれてた...?起きたばかりのロクに回らない頭をフル回転させる。不意に手元を見ると点滴が2針ほど刺さってた。そこで急にフラッシュバックした。アタマが痛くなるほどの苦痛を伴い思い出した。...最悪な記憶。
見事に咲く紅葉を見に行った帰りの車で、交通事故にあったこと。言葉にするのはそれだけ。でも、たったそれだけの短い話はあまりに重くて辛くて吐きそうで、本気のパニックになってきた。
「...お父さんとお母さんは、どこ、!?」
取り乱して彼女の白衣の襟元をつかみかかりまるで脅すように叫ぶ。冷静なんかではいられなかった。
「...御自分のお名前は、分かりますか?」
まるで何も無いかのように私の意識の混沌状態を尋ねる彼女は流石の現場のプロだった。でも、この時の私にそんな余裕も何も無い。
「私の名前は神南里 八重 !!ねぇ、私の両親は!?ねぇ!!!」
泣き叫ぶような金切り声。いくつ以来にこんなに叫んだんだろう。と言うくらい、私の叫びは悲痛に白い病室を駆け巡った。
「...ごめんね、」
苦しいような、悲しいような、あるいは両方を煮詰めたような表情で謝る彼女...先生は私に世界の残酷さを教えた。
「どうして...」
その場に崩れ落ちる私を支えてくれた先生は私が泣き止むまで静かに背中に手を置いてくれていた。


誰を憎めば良いのだろう。単純な事故だった。雨で山近くの滑りやすい土が流れて、それに車を滑らせ崖を落下。もはや私が生きてることがおかしなくらいだ。先生に「なんで私は助かったの?」と聞いたら「奇跡なんてそんなものですよ」と淡々と答えられた。奇跡なんて聞く人が聞けば馬鹿馬鹿しい話かもしれないが私にとってはそれが1番こころに軽く置ける安全措置のような存在になってくれる言葉だった。

「私達の所へおいで。」

母方の祖父母は毎日私の様子を見てくれ、2ヶ月の入院とリハビリが終わった頃に私に言った。暖かくて零れる止まらない涙を2人はしっかりと抱きしめてくれた。

◇■◇■◇■

...桜の匂いが濃いな。
第一印象はこれだ。祖父母の家に移るため元の家とは遠く離れ、最寄り駅に降りた。
なんでこんなに桜の匂いがするんだろう。まだ秋だよ?春とは1番遠い。まじで何でこんな桜な訳??
と、意味分からないしどうでもいい事を考えてると少し遠くから手を振る2人が見えた。恐らく祖父母だろう。手を振り返し近くまでよると
「前住んでいた場所から着いてあげれなくてごめんね」
とおばあちゃんが言った。気にしないでいいのに。
「ううん。2人には沢山来てもらったから大丈夫だよ」
ニコリと笑い答えると2人もニコリと返してくれる。それが暖かくて泣いてしまいそうなくらいだった。

「それに、仕事も忙しいだろうしね」

「ほら、着いたよ。久しぶりだね、八重がここに来るのは」
「ふふ、そうですねぇ、アナタ。八重ちゃんは久しぶりですね」
祖父母の家に着いてからおじいちゃんとおばあちゃんが思い出すように会話をする。本当、久しぶりだ懐かしいなぁ。

______この門と屋敷。

あはは、なんで祖父母が反社の家計なんだろ☆
まぁとは言いつつも昔から来て慣れてはいるため私は考えるのをやめて入ることにした。

「「「お帰りなさいませ頭に姐さん!!!!!」」」
うーん覇気やばぁ。ちょっと平穏な生活ないなぁここ。
「「「それにお嬢も!!!お帰りなさいませ!!」」」
うん。変わりないなずっと。前来た時と同じ呼ばれ方だ。変わらず元気そうで何より〜。あはは
「うむ、ただいま戻った」
「ただいま戻りました。」
「ただいま。」
やけに広い玄関を通って奥に移動する。
「お嬢。此処がお嬢の部屋だと頭より承ってます」
「そう。ありがとう。」
微笑を浮かべ中に入るとまぁびっくり。うん。広いとは知ってるんだけどいざ自分の部屋渡されたらリビング並の広さに圧巻。なんか宇宙猫の気分。まぁこの屋敷のリビングに関してはこの倍どころじゃない広さだったな。すごいなぁ。

「お嬢〜此方制服です」
「え、あぁ。ありがとう。」
部屋のドアの前に立っていたは不意に後ろから声が聞こえ制服を渡された。可愛いなこのデザイン。
「...見ない顔だね。私がしばらく見ないウチに入った子?」
私が前回来た時はこの舎弟はいなかったはずだ。
それに私と同じような学生に見え疑問に思い聞いてみた。
「はい。私、佐渡島 大和 と申します。お嬢と同じ学園に通っている高校生です」 〔さとがし やまと〕
にこっと効果音がつきそうないかにも『完璧』な笑顔がどうも胡散臭い印象が強い。
赤い髪をした物腰柔らかい胡散臭い詐欺師タイプ。
うわぁスペック高そうだなぁ。とか思いつつ特に言うことも無く「そう。よろしくね、佐渡ヶ島。」と言っては踵を返しおじいちゃんの所へ向かおうと書斎に足を運ぶと
「えぇ。よろしくお願い致します。」
後ろから胡散臭い声が聞こえた。ここは反社だ。だからトップを張る祖父母に逆らう阿呆などいない。
だが一応ナメられないようにお嬢様言葉ばりばりで返してやろう。といえ謎のプライドが働いた。

両親の死でいつまでもクヨクヨして生かしてくれるほどこの世界は甘く作られてないんだから、私が私を活かしてあげないと。
だから私は前を向く。だって、その方が安心でしょ?お母さん、お父さん。

それからおじいちゃんの書斎に向かって明日からの学園生活で必要な情報と物を一通り聞き終えて自分の部屋に戻る。
ベッドなんだ。敷布団だったから慣れないな。でも、ベッドへの憧れが密かにあったので嬉しかった。

「お嬢、少しよろしいですか?」
コンコンコンと3回ノックされ声がする。...この胡散臭い声は佐渡ヶ島か。分かりやすいな。
「えぇ。入りなさい。」

おじいちゃんとおばあちゃんは部屋い戻ろうとする私を呼び止め一言だけ助言をくれた。
「トップの地位にいる時はそれ相応の対応をしなさい。」
それが自ら願ったことでなくても。と。
だから、私は舎弟の人達の上に立つ立場として振る舞わなければならない。
まぁ別に謙るよりは楽でいいんだけどね。

「失礼します。」
「要件は?」
「明日の花坂宮学園のことについてです。」
「...続けて。」
実を言うと私はここのことをまーじで何も知らない。
もう逆に教えてください。って頼みたくなるくらいだった。有難い。
「はい。花坂宮学園は学園と名高い名はついておりますが一般的に言う『不良校』でございます。」
淡々と変わらない笑顔で話し続ける彼を前に静かに驚いた。え、不良校なの?えー引きこもっていいかな?
名前詐欺も程々にしてほしい泣きそう。
「ということですので学園内での護衛は私後承ります。」
「...え?護衛してくれるの?」
素っ頓狂な声が出ておもわず口を抑えた。
「勿論でございます。神南里組は力が防大が故に目をつけられやすいので。頭よりのご命令あって護衛させていただきます。」
にこりと笑い答えられるとさすがに怖くなってきた。
...まあ大丈夫か。なんとかなるよね。
明日から学園登校です
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