借金の向こう側

疑惑の先に

疑惑の先に

それから数日、香月陽奈は自分の気持ちを整理しようと努めていたが、大輝の冷たい視線や、あの日の出来事が頭から離れなかった。仕事中も無意識に彼を目で追ってしまう。佐久間大輝は普段通り、無表情のまま淡々と業務をこなしている。彼の様子からは、あの消費者金融で何をしていたのかを窺うことはできなかった。しかし、陽奈の中では、彼が隠している“何か”に触れたいという気持ちが日々強まっていった。陽奈自身も理由を説明できないその衝動は、いつしか彼のそばにいるための口実を探す行動へと変わっていった。ある日の昼休み、陽奈は相談室で資料を整理していた。そこに、大輝がふらりと現れ、机の上に1枚の書類を置いた。
「これ、患者さんの生活支援計画。確認しといてくれ。」
「分かりました!」
陽奈は勢いよく返事をしたものの、大輝は相変わらずそっけない。それでも彼が話しかけてきたことが嬉しくて、思わず質問を投げかけた。
「佐久間さんって、普段からすごく冷静ですよね。いつも何を考えてるのかなって気になっちゃいます。」
陽奈の言葉に、大輝は少しだけ表情を緩めた気がした。しかし次の瞬間、その柔らかさは消え、彼は小さくため息をついた。
「考えてることなんて、そんなに大したもんじゃないよ。」
その言葉の裏には、自分の心を守ろうとする壁があるように感じられた。陽奈はそれ以上突っ込むのをやめたものの、ふとした瞬間に見えた彼の脆さが気になって仕方がなかった。次の週末、陽奈は何気なく訪れたカフェで偶然にも大輝と再会する。彼は一人でノートパソコンを開き、何か作業をしている様子だった。仕事以外で彼を見かけるのは初めてだったため、陽奈は意を決して話しかけることにした。
「佐久間さんもここ、来るんですね!」
彼は少し驚いた表情を見せたが、すぐに平常心を取り戻して言った。
「よく来るんだ。静かで作業がはかどる。」
「何か勉強してるんですか?」
「まあ、そんなとこ。」
それ以上詳しいことは話そうとしなかったが、陽奈が隣の席に座って話し続けると、大輝は徐々に警戒心を解いていった。彼の話を聞く中で、陽奈は彼が自分の過去や家族のことについて一切触れないことに気づいた。彼の中にはまだ、自分に隠している部分が多い。だがそれでも、陽奈の心の中には、彼ともっと話したいという思いが募っていった。その数日後、陽奈が相談室で残業をしていると、偶然にも大輝が残業を終えて帰ろうとしている姿を見かけた。陽奈はとっさに声をかけた。
「佐久間さん、今お時間ありますか?」
彼は少し戸惑いながらも足を止めた。陽奈は思い切って言葉を続けた。
「あの……この前、消費者金融でお見かけしたこと、気になってたんです。佐久間さんが何か困っているなら、私に話してほしいんです。」
その言葉に、大輝は明らかに動揺した様子を見せた。
「……余計なことは気にするな。」
冷たく突き放すような言葉だったが、その声にはどこか震えが感じられた。陽奈はそれを聞いて一歩引き下がるどころか、逆に彼の秘密を知りたいという気持ちを強くした。後日、大輝が休憩室で席を外した隙に、陽奈は彼が置いていったノートをふと手に取った。その中に書かれていたのは、多額の借金に関する詳細な計画表だった。借金の額や利子の計算、返済のスケジュール――それはまるで、彼が何かと戦っていることを証明するような内容だった。
「佐久間さん……」
その瞬間、陽奈の胸に湧き上がったのは驚きと同情、そして彼を助けたいという強い思いだった。だが、それが二人の間に訪れるさらなる波乱の序章に過ぎないことを、陽奈はまだ知らなかった。
< 2 / 4 >

この作品をシェア

pagetop