君は恋に眠って
「なーにやってんの」


 飛び込むように現れた顔はご機嫌ににっこりと笑っている。とはいえ、思わぬ人の出現にこっちは酢を飲まされたような顔になってしまったことが自分でも分かった。


「びっくりした……急に出てこないでくださいよ、雪斗《ゆきと》先輩」


 そして、遼は真っ黒い目をぱちくりさせている。それも当然、雪斗先輩は大学の先輩なので遼とは面識がない。それに気付いた先輩は、俺の肩から腕を外さないまま向き直った。


「友達?」

「ですね。幼馴染です」

「そっか。どーも、君の幼馴染くんの先輩の鴉真《からすま》です」

「どうも、桐椰《きりや》遼です……」


 答えた遼の顔からは見知らぬ人の出没に対する驚きは消え、代わりに「お前にこんな先輩がいたのか……」と別の驚きが書いてある。先輩の見た目がおかしいわけじゃない、寧ろ髪も目も真っ黒で服も派手というよりは地味の部類に入るし、優等生の肩書を恣《ほしいまま》にしているといっても過言ではない。ただ、中学高校と帰宅部を決め込んでいた俺にとって仲の良い年上は先輩というよりは友達だったから、“先輩”と線引きしつつこんなに距離が近い人がいるのははたから見ると意外かもしれない。

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