外商部御曹司は先輩彼女に最上級のロマンスを提供する
「で? わたしに何か?」

 動揺を隠して用件を尋ねる。
 靴箱を元の場所へ移す際、ハンカチで薄く積もった埃を払っておく。

「お客様から修理を依頼されまして。主任が先輩に対応して貰うようにと」

 伝票を受け取り目を通せば、馴染みのお客様からの依頼で頬が緩む。

「あぁ! 近藤様か。この靴、大事に履いていて下さってるのね」

 大郷百貨店では靴だけでなく鞄や傘など手回り品のリペア、衣料品はサイズ直しを承る。これは良い品を長く愛用頂きたいという創業者の経営理念に基づくアフターケアの一環だ。

「近藤様とは新入社員の頃からのお付き合いなの」

「……そうなんですか」

「後は引き継ぐよ。花岡君は売り場に戻ってーーって、ん?」

 花岡君が明らかに浮かない表情を浮かべている。

「深山先輩にこんな仕事をさせるのは心苦しいです」

「こんな仕事?」

「正直、修理するより新しい物を購入して頂いた方が利益になりますよね?」

「……そうだ、ね」

 彼が言わんとする事は分かる。靴のリペアの場合、ほぼ工賃代のみの請求となり店側に数字的メリットは無い。
 しかし、そうであったとしても『こんな仕事』呼ばわりはよくない。
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