外商部御曹司は先輩彼女に最上級のロマンスを提供する
「仕事にこんなもそんなも無いでしょ」

「そんな風だから損な役回りばかり押し付けられるんじゃ?」

「花岡君!」

 今日もキレイに磨かれた革靴。その爪先で柔らかい部分へ踏み込まれた苛立ちから、声のボリュームを上げてしまう。

「俺は先輩にもっとーー」

「やめて、これがわたしのやり方なの! 花岡君に口を出されたくない!」

(そもそも花岡君に分かるはずもないよ)

 彼は外商部へ引き抜かれるんじゃないかと噂が立っている。百貨店の売り上げ約7割を占める部署に新人が配属されるなど異例中の異例であるものの、対象が花岡一樹という人物ならば納得せざる得ない。
 花岡君には『特別』という言葉が似合う。

「……それからチケットだけど。あんな高価な物は貰えない。後から返すね」

 ついでに例のチケットの返却も伝える。
 花岡君はいったん発言を受け止め、暫く間を開けた。感情的に言葉を打ち返してこない。

「まず先輩のやり方に口を挟んでしまい申し訳ありませんでした」

「花岡君からしたら効率が悪く見えるかもしれない。でも、わたしはお客様に寄り添った接客をしたいの」

 一気に伝えず、言葉を切る。

「もちろん寄り添うだけじゃ駄目だっていうのも分かってるよ? いつも主任が言う通り、ビジネスを忘れちゃいけない」

「はい」

 花岡君は頷く。それでも切れ長な瞳は物言いたげである。
 教育係と新人の関係値が文句を飲み込ませたのだろう。
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