いちばん星と御曹司

プロローグ

 空が青い。
 身体は汗ばんでいるというのに、心は驚くほどに爽快で心地良い。ゆるゆると流れる川を見下ろしながら土手に脚を伸ばして座ると、目の前にスッとタオルが差し出された。
「ありがとうございます」
「はー、やっぱりたまには走らないと駄目だな。すっかり身体がなまってやがる」
 苦笑気味に言うと、彼は俺の隣に腰を下ろした。昔はよくこうして一緒に走りに行ったものだが、ここ数年は仕事に忙殺されている彼を誘うのもだんだん気が引けていた。今日は思い切って誘ってみたが、少しは気分転換になっただろうか。
「誘ってくれてありがとな。久々に楽しかったよ」
「こちらこそ。出張から戻ったばかりでお忙しいところ、ありがとうございました」
 いいんだよ、と笑いながらスポーツドリンクの入ったペットボトルを口に含んだ。出会った頃からそうだったが、この人はどれだけ歳を重ねてもずっと爽やかだな、と思う。スポーツドリンクのCMにでも出てきそうだ。
「——で。お前の話したいことは何だ?」
「え?」
「とぼけるなよ。突然、『久しぶりに走りませんか』なんて。お前から誘ってくれるなんて珍しいだろ。何か私に話があるんじゃないのか?」
 ……やっぱりこの人には敵わないな、と思う。俺の心の内なんか、全部お見通しという訳か。
 正直、こんな話を彼にしてもいいのか、するべきなのか、悩んだ。が、俺には彼の他に心を許して何でも話せる相手などいない。
 意を決して、一つ深呼吸をする。
 
「……あの、慶一(けいいち)さん。『御曹司』って、買えますか?」
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