いちばん星と御曹司
三人目
宮下直人と会ってからさらに一週間後、あたしは三人目の候補者である片野坂一星と会うことになった。正直、もう何も期待してなかったし、さっさと終わらせてしまおうと思っていた。
待ち合わせ場所に現れた片野坂は、軽自動車に乗っていた。運転手はおらず、さらに驚くことに「わ」ナンバーのレンタカーだった。
「初めまして。片野坂一星と申します。今日はお時間をいただきありがとうございます」
礼儀正しく挨拶した彼は、すらりと背が高く、ちょっと痩せすぎなのは気になったものの爽やかな出立ちだ。ビシッとまとめられた髪型は圭人専務みたい。他の二人とは違って、第一印象は悪くない。
「薬師寺桃です。こちらこそ、今日はよろしくお願いします」
あたしが頭を下げると、片野坂さんはフッと笑顔を見せた。
「じゃあ、早速行きましょう」
そう言うと、若干ぎこちない手つきで助手席のドアを開けてくれた。小さな車に狭いシート。でも、あたしは全然嫌じゃなかった。
「薬師寺さん、あの、乗り心地悪くないですか? すみません、レンタカーなんかで」
しばらく運転した後で、思い出したように彼が聞いてきた。
「いえ全然。乗り心地良すぎると逆に寝ちゃうんで」
言った後で、しまったと思った。これじゃ乗り心地悪いって言ってるのと同じじゃん……。あーもう、あたしってホント可愛くない。
「それなら良かった。僕、車に全然こだわりないんです。動けば何でも良いと思っているくらいで……」
「あたしも! ……じゃなくて、わ、『私』もです。ほんと、動けば何でも良いですよね、あはは」
しまった。この人の前ではきちんとしていたいのに、ついいつもの癖で「あたし」なんて言っちゃった。
気のせいか、片野坂さんの肩が小刻みに揺れている。もしかして笑われてんのかな……。
「あの、『あたし』で大丈夫ですよ。堅苦しいのしんどいでしょう?」
「あ……すみません、品が無くて」
「いや全然。自然体でいきましょう」
変なの。この人、全然御曹司らしくない。いや、それともこの大らかさが真の御曹司か?
到着したのは、郊外にあるキャンプ場だった。見渡す限り山で、何組か家族連れやカップルなんかがいるものの、程よく離れているからか全然気にならない。ここに来てようやく、「動きやすい服装で来てください」なんて事前に連絡してきたことに合点がいった。それにしてもお見合いにキャンプ場って。やっぱり御曹司らしくない。
「薬師寺さん、キャンプのご経験は?」
「いえ、バーベキューくらいしか」
それも会社主催のだ。あたしはもっぱら食べるの専門で、あたしの分は久保っちがブツブツ言いながら焼いてくれたっけ。
「片野坂さんは良くキャンプされるんですか?」
「僕、一時期バックパッカーをしてたんで。その頃はよく一人でテント張って、自炊してました」
「へえ……バックパッカー」
そういえば、外国暮らしが長いって書いてあったっけ。
片野坂さんはテキパキとあっという間にテントを組み立ててしまった。テントといっても、屋根だけのやつだ。(後で聞いたけどタープっていうらしい)。
準備の良い片野坂さんは、野菜や肉なんかを一通り準備してくれていた。彼によって手際良く焼かれていく食材を眺めながら、あたしはいつかの会社でやったバーベキューを思い出していた。
「ふふっ」
「どうかされました?」
「あ、いえ。ちょっと昔のこと思い出して。片野坂さん、あたしの同僚とちょっと似てるんです」
「同僚?」
「はい。同僚っていうか、先輩なんですけどね。その人も、こうやってテキパキお肉焼いてくれたなあって。その人、普段はぼーっとした感じなんですよ。何考えてるかわからないような。でもあの時は奉行みたいで、普段から想像できないくらい手際が良すぎて、なんか面白かったんです」
「へえ……」
「しかもその人も『いっせい』って名前なんです。だから余計に片野坂さんと重なってしまって。って、す、すみません……」
仮にもお見合い中に他の男の話をするなんて。あたしはバカか。大体何で今、久保っちが過ぎったりするんだ。
「いえ。——あの、良ければ僕のこと一星って呼んでもらえませんか?」
唐突に片野坂さんが切り出した。
「一星、さん?」
「はい。ほ、ほら、カタノザカって言いにくいでしょう? 僕も『桃さん』て呼びますから。ね」
「は、はあ……」
「もっと聞きたいな。その、同僚の『いっせい』さんの話」
一星さんは微笑みながらそう言った。
待ち合わせ場所に現れた片野坂は、軽自動車に乗っていた。運転手はおらず、さらに驚くことに「わ」ナンバーのレンタカーだった。
「初めまして。片野坂一星と申します。今日はお時間をいただきありがとうございます」
礼儀正しく挨拶した彼は、すらりと背が高く、ちょっと痩せすぎなのは気になったものの爽やかな出立ちだ。ビシッとまとめられた髪型は圭人専務みたい。他の二人とは違って、第一印象は悪くない。
「薬師寺桃です。こちらこそ、今日はよろしくお願いします」
あたしが頭を下げると、片野坂さんはフッと笑顔を見せた。
「じゃあ、早速行きましょう」
そう言うと、若干ぎこちない手つきで助手席のドアを開けてくれた。小さな車に狭いシート。でも、あたしは全然嫌じゃなかった。
「薬師寺さん、あの、乗り心地悪くないですか? すみません、レンタカーなんかで」
しばらく運転した後で、思い出したように彼が聞いてきた。
「いえ全然。乗り心地良すぎると逆に寝ちゃうんで」
言った後で、しまったと思った。これじゃ乗り心地悪いって言ってるのと同じじゃん……。あーもう、あたしってホント可愛くない。
「それなら良かった。僕、車に全然こだわりないんです。動けば何でも良いと思っているくらいで……」
「あたしも! ……じゃなくて、わ、『私』もです。ほんと、動けば何でも良いですよね、あはは」
しまった。この人の前ではきちんとしていたいのに、ついいつもの癖で「あたし」なんて言っちゃった。
気のせいか、片野坂さんの肩が小刻みに揺れている。もしかして笑われてんのかな……。
「あの、『あたし』で大丈夫ですよ。堅苦しいのしんどいでしょう?」
「あ……すみません、品が無くて」
「いや全然。自然体でいきましょう」
変なの。この人、全然御曹司らしくない。いや、それともこの大らかさが真の御曹司か?
到着したのは、郊外にあるキャンプ場だった。見渡す限り山で、何組か家族連れやカップルなんかがいるものの、程よく離れているからか全然気にならない。ここに来てようやく、「動きやすい服装で来てください」なんて事前に連絡してきたことに合点がいった。それにしてもお見合いにキャンプ場って。やっぱり御曹司らしくない。
「薬師寺さん、キャンプのご経験は?」
「いえ、バーベキューくらいしか」
それも会社主催のだ。あたしはもっぱら食べるの専門で、あたしの分は久保っちがブツブツ言いながら焼いてくれたっけ。
「片野坂さんは良くキャンプされるんですか?」
「僕、一時期バックパッカーをしてたんで。その頃はよく一人でテント張って、自炊してました」
「へえ……バックパッカー」
そういえば、外国暮らしが長いって書いてあったっけ。
片野坂さんはテキパキとあっという間にテントを組み立ててしまった。テントといっても、屋根だけのやつだ。(後で聞いたけどタープっていうらしい)。
準備の良い片野坂さんは、野菜や肉なんかを一通り準備してくれていた。彼によって手際良く焼かれていく食材を眺めながら、あたしはいつかの会社でやったバーベキューを思い出していた。
「ふふっ」
「どうかされました?」
「あ、いえ。ちょっと昔のこと思い出して。片野坂さん、あたしの同僚とちょっと似てるんです」
「同僚?」
「はい。同僚っていうか、先輩なんですけどね。その人も、こうやってテキパキお肉焼いてくれたなあって。その人、普段はぼーっとした感じなんですよ。何考えてるかわからないような。でもあの時は奉行みたいで、普段から想像できないくらい手際が良すぎて、なんか面白かったんです」
「へえ……」
「しかもその人も『いっせい』って名前なんです。だから余計に片野坂さんと重なってしまって。って、す、すみません……」
仮にもお見合い中に他の男の話をするなんて。あたしはバカか。大体何で今、久保っちが過ぎったりするんだ。
「いえ。——あの、良ければ僕のこと一星って呼んでもらえませんか?」
唐突に片野坂さんが切り出した。
「一星、さん?」
「はい。ほ、ほら、カタノザカって言いにくいでしょう? 僕も『桃さん』て呼びますから。ね」
「は、はあ……」
「もっと聞きたいな。その、同僚の『いっせい』さんの話」
一星さんは微笑みながらそう言った。