いちばん星と御曹司

尾行の先

「つまり、ヤッシーは久保君が好きなのね?」
 
 モエモエ先輩に言われ、あたしはぐわああと悶えながら頭を抱えた。自分でも信じられないけど、でもそうなんだろう。
 
「わかんない……。何であのタイミングで久保っちのこと思い出したのか。でもこのままじゃ駄目だって……。一星さんにちゃんと向き合えないって思って……」
 モエモエ先輩はうんうんと頷きながら聞いてくれる。今日に限って生姜焼き定食が売り切れていたからか、余計に頭が回らない。目の前のチキン南蛮は美味しそうだけど、やっぱりいつもの生姜焼きがいい。
「とりあえずヤッシー。食べよう。食べて力つけよう。それで、久保君にちゃんと気持ち伝えに行こう?」
「えっ⁉︎ 伝えるって何を……」
「決まってるじゃない、好きって気持ちよ。だって、それを伝えないまま御曹司と結婚しちゃっていいの? 一生後悔するわよ?」
 後悔……するだろうな。言っても言わなくても。バカ言うなって鼻で笑われるかもしれない。いやむしろ、その方が楽か。俺も好きだ、なんて万が一言われても、それはそれでどうしたらいいのか。ああもう! 三人目も断るはずだったのに、予定外にも程があるっ!
 
 
 会社に戻っていつも通り仕事をしたけど、あたしはほとんど上の空だった。相変わらず欠伸の多い久保っちを目で追いながら、あたしは本当にコイツが好きなのか? と自問自答してるうちに終業時間がきて、久保っちはさっさと帰ってしまった。
「ヤッシー! 早く追いかけて!」と小声でモエモエ先輩に急かされ、あたしはわたわたとその後を追った。これじゃまるでストーカーだ。
 
 久保っちの家には一度だけ行ったことがある。小っちゃなアパートで、お世辞にも綺麗とは言えない外観だった。会社から電車と徒歩で四十分程の三階建てアパートは、今も変わらずそこにあった。
 久保っちが家に入ろうとしたら声を掛けようか。それとも、インターホンを押して突入する? 偶然通りかかって〜とか何とか言って。そうこうしてるうちに、久保っちは一階にある自室の扉に鍵を差し込んでいる。——ええい、今しかないっ!
 
「久保っ……」
 
「——一誠(いっせい)!」
 
 あたしの前を横切るようにして、女の人が現れた。ミニスカートから覗く長い脚。ウェーブがかったロングヘアは、綺麗なブラウンだ。そしてその傍らには、小さな女の子。
 
「えっ、ルアナ⁈」
「来ちゃったー!」
 美女が久保っちに抱きつく。そして、彼の頬にキスをした。
「ちょっと驚かせようと思って。ねっ、ルアナ」
「うんっ!」
「びっくりした……。まあ、とりあえず上がってよ」
「相変わらず狭いけど?」
「ああ、相変わらず狭いけど。って悪かったな!」
「あはは、せまーい!」
 
 楽しそうに家の中に消えた三人を、あたしはただ呆然と見ていることしかできなかった。
 今のは……恋人、だよね。多分。しかも子持ちの。ていうか子供、外人ぽくなかった? ルアナとか呼んでたし。えっ、子持ち? まさか隠し子⁉︎ えっ、まさか離婚した元妻⁉︎ 何で子供外人⁉︎ えっ、てことは久保っちって実は外人⁉︎ な、何人⁉︎ ええええ⁉︎
 あたしってば久保っちのこと、ホント何も知らないんだな……。
< 13 / 17 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop