いちばん星と御曹司
顔合わせ
トボトボと一人、家に帰ると、モエモエ先輩からラインがきた。
『ちゃんと話せた?』
『駄目でした。まさかの子持ちシシャモ……それと外人疑惑で……』
『シシャモ?? 外人疑惑?? ヤッシー大丈夫?』
『わかんない。なんかとりあえずわかんない。でも、美女とキスしてた』
『…………ヤッシー、ダメよ早まっちゃ。本当のことなんて、本人に聞かないとわからないんだから』
『大丈夫です。逆に吹っ切れたんで。あたし、これで心置きなく片野坂さんと結婚できます』
先輩にそう送信すると、あたしはスマホをベッドの上に投げた。
これでいい。これで、久保っちのことなんか忘れられる。これからは一星さんだけを見ていればいい。
あたしは決心すると、父に電話を掛けた。
一星さんとキャンプに行ってから、早いものでひと月が過ぎようとしていた。
あたしは今まで通り普通の顔で会社に行って、久保っちとも普通に会話した。新作冷凍おかずは「チキン南蛮」に決まりかけていた。何も変わったことは無かったし、あたしはやっぱりそこまで久保っちのことなんか好きじゃなかったのかも、くらいに思えた。
この週末には、いよいよ一星さんと片野坂社長、それにあたしと父を交えた四人で顔合わせが行われることになっている。一星さんと会うのはあの日以来だし、片野坂社長に至っては初対面だ。気に入ってもらえなかったらどうしよう、髪を黒く染め直した方が良いか、と悩んだものの、結局このままでいくことに決めた。
一星さんと結婚する。そう父に伝えたら、父は電話越しに泣いているようだった。ただの花粉症かもしれないけど。消去法みたいでちょっと罪悪感はあったけど、他の二人が誰であったとしてもあたしはきっと一星さんを選んだと思う。あんなに真っ直ぐ想いを伝えてくれる人も、こんなあたしを好きだと言ってくれる人も、探したってそうそう見つかるもんじゃないし。
約束の日曜日。
そこそこ良い料亭(カポーンのやつは無かったけど)の一室に、父と並んで座る。着物でも着た方が良かったんだろうけど、それじゃ苦しくてご飯が食べれないだろうからワンピースに変えた。父が何だか不機嫌な顔をしているのは、多分そのせいだと思う。どうせ結婚式で着物着せるんだし、そんなあからさまに機嫌損ねなくたっていいのに。相変わらず面倒臭さい親父。
約束の時間より少し早くやってきたのは、想像よりも年配の紳士だった。きちんとしたスーツ(見ればわかる高いやつ)を着こなした、品格のある男性だ。これが、片野坂財閥の現社長……。さすが、そんじょそこらの人とは全然違う。何ていうか、これがオーラってやつ? あれ、でもこの人……?
「薬師寺社長、桃さん。初めまして。片野坂財閥の、片野坂と申します。この度は息子の一星がお世話になり、ありがとうございます」
深々と頭を下げる仕草すら優雅だ。
「初めまして薬師寺です。こちらこそ、この度は娘が大変お世話になりました」
頭を下げる父に倣って、あたしもペコリと頭を下げた。
「あの、ところで一星さんは?」
そう。肝心の彼がまだ来ていない。普通、こういうのって親と一緒に来るものかと思ったのに。
あたしの質問に、片野坂社長は何故かバツの悪そうな顔をした。その顔に、あたしは何か悪いことが起こるような気がして心臓がドキドキした。何か、すごく嫌な予感がする。
「——桃。片野坂一星氏はここへは来ない」
片野坂社長より先に口を開いたのは、父だった。
「は……? 来ない、ってどういうこと……?」
隣にいる父と、斜向かいに座る片野坂社長を交互に見る。二人とも態度がおかしい。そこであたしはようやく気付いた。——これは、断られたってこと……?
そっか。そうだよね。やっぱりあたしなんか、財閥御曹司の花嫁に相応しくないよね。そんなこと最初からわかってたのに、一星さんがあんまりあたしを肯定してくれたから……ちょっと、調子に乗っちゃった。ホント、あたしってバカ。あーあ、また久保っちに笑われるじゃん。あ、そっか、久保っちには美女と隠し子がいるんだった……。
ふいに泣きそうになって、慌ててあたしは笑う。
「そ、そっかー! そうだよね、やっぱりこんなあたしじゃ相応しくないよね! ごめんお父さん、やっぱ杏じゃないと駄目だね! 片野坂社長も、わざわざお越し頂いたのに申し訳ありません。一星さんにも、謝っておいてください。ガサツな女でごめんなさいって」
「いや、違うんです桃さん。実は——」
何か言おうとした片野坂社長を父が遮った。
「桃。『片野坂一星』は存在しないんだよ」
「——は?」
『ちゃんと話せた?』
『駄目でした。まさかの子持ちシシャモ……それと外人疑惑で……』
『シシャモ?? 外人疑惑?? ヤッシー大丈夫?』
『わかんない。なんかとりあえずわかんない。でも、美女とキスしてた』
『…………ヤッシー、ダメよ早まっちゃ。本当のことなんて、本人に聞かないとわからないんだから』
『大丈夫です。逆に吹っ切れたんで。あたし、これで心置きなく片野坂さんと結婚できます』
先輩にそう送信すると、あたしはスマホをベッドの上に投げた。
これでいい。これで、久保っちのことなんか忘れられる。これからは一星さんだけを見ていればいい。
あたしは決心すると、父に電話を掛けた。
一星さんとキャンプに行ってから、早いものでひと月が過ぎようとしていた。
あたしは今まで通り普通の顔で会社に行って、久保っちとも普通に会話した。新作冷凍おかずは「チキン南蛮」に決まりかけていた。何も変わったことは無かったし、あたしはやっぱりそこまで久保っちのことなんか好きじゃなかったのかも、くらいに思えた。
この週末には、いよいよ一星さんと片野坂社長、それにあたしと父を交えた四人で顔合わせが行われることになっている。一星さんと会うのはあの日以来だし、片野坂社長に至っては初対面だ。気に入ってもらえなかったらどうしよう、髪を黒く染め直した方が良いか、と悩んだものの、結局このままでいくことに決めた。
一星さんと結婚する。そう父に伝えたら、父は電話越しに泣いているようだった。ただの花粉症かもしれないけど。消去法みたいでちょっと罪悪感はあったけど、他の二人が誰であったとしてもあたしはきっと一星さんを選んだと思う。あんなに真っ直ぐ想いを伝えてくれる人も、こんなあたしを好きだと言ってくれる人も、探したってそうそう見つかるもんじゃないし。
約束の日曜日。
そこそこ良い料亭(カポーンのやつは無かったけど)の一室に、父と並んで座る。着物でも着た方が良かったんだろうけど、それじゃ苦しくてご飯が食べれないだろうからワンピースに変えた。父が何だか不機嫌な顔をしているのは、多分そのせいだと思う。どうせ結婚式で着物着せるんだし、そんなあからさまに機嫌損ねなくたっていいのに。相変わらず面倒臭さい親父。
約束の時間より少し早くやってきたのは、想像よりも年配の紳士だった。きちんとしたスーツ(見ればわかる高いやつ)を着こなした、品格のある男性だ。これが、片野坂財閥の現社長……。さすが、そんじょそこらの人とは全然違う。何ていうか、これがオーラってやつ? あれ、でもこの人……?
「薬師寺社長、桃さん。初めまして。片野坂財閥の、片野坂と申します。この度は息子の一星がお世話になり、ありがとうございます」
深々と頭を下げる仕草すら優雅だ。
「初めまして薬師寺です。こちらこそ、この度は娘が大変お世話になりました」
頭を下げる父に倣って、あたしもペコリと頭を下げた。
「あの、ところで一星さんは?」
そう。肝心の彼がまだ来ていない。普通、こういうのって親と一緒に来るものかと思ったのに。
あたしの質問に、片野坂社長は何故かバツの悪そうな顔をした。その顔に、あたしは何か悪いことが起こるような気がして心臓がドキドキした。何か、すごく嫌な予感がする。
「——桃。片野坂一星氏はここへは来ない」
片野坂社長より先に口を開いたのは、父だった。
「は……? 来ない、ってどういうこと……?」
隣にいる父と、斜向かいに座る片野坂社長を交互に見る。二人とも態度がおかしい。そこであたしはようやく気付いた。——これは、断られたってこと……?
そっか。そうだよね。やっぱりあたしなんか、財閥御曹司の花嫁に相応しくないよね。そんなこと最初からわかってたのに、一星さんがあんまりあたしを肯定してくれたから……ちょっと、調子に乗っちゃった。ホント、あたしってバカ。あーあ、また久保っちに笑われるじゃん。あ、そっか、久保っちには美女と隠し子がいるんだった……。
ふいに泣きそうになって、慌ててあたしは笑う。
「そ、そっかー! そうだよね、やっぱりこんなあたしじゃ相応しくないよね! ごめんお父さん、やっぱ杏じゃないと駄目だね! 片野坂社長も、わざわざお越し頂いたのに申し訳ありません。一星さんにも、謝っておいてください。ガサツな女でごめんなさいって」
「いや、違うんです桃さん。実は——」
何か言おうとした片野坂社長を父が遮った。
「桃。『片野坂一星』は存在しないんだよ」
「——は?」