いちばん星と御曹司

告白

 あたしが髪を金色に染めたのは、高校三年の春だった。父があたしと杏を比べて、あたしを後継者に選ぼうとしていたのは薄々気付いてたけど、それが顕著になってきた頃だったから。変わり果てたあたしの姿を見て、父は当然烈火の如く怒った。でもあたしは構わず反抗し続けた。次第にあたしは父に見放され、口もあまり聞かなくなった。全部、あたしの思惑通りだった。
 当たり前だけど就活では落ちまくった。あたしは高卒ヤンキーにしか見えなかったから。それなのに、何の気まぐれかアクロス・テーブルに受かってしまった。フリーターになる気満々だったあたしは、何故か正社員になれた。朝比奈社長はつくづく変わった方だと思う。
 最初に配属された部署で、あたしは結構ハブられていた。別に気にはならなかったけど、仕事が嫌いになりそうなくらいには色々言われたりしていた。そんな時、声を掛けてくれたのが久保っちだった。お昼の従業員食堂で。
 
「あんた、仕事楽しいか?」
「え? はあ、まあ……あんまり楽しくはない、ですけど」
「ふーん」
「ふーんて」
「だったらさ、商品開発やってみない?」
「商品開発? あたしが?」
「そ。只今絶賛メンバー募集中」
「何それ」
 
 突然商品開発部にスカウトされたあたしは、数週間後には部署異動になった。一体どんな手を使ったんだと周りに不思議がられたけど、あたしが一番驚いた。
 
「何であたしを誘ったの?」
 後になって久保っちに聞いたことがある。そしたら、
「真面目に仕事してんのに、見た目で評価されてないのが腹立ったから」と言われた。一体いつどこであたしを見ていたのかさっぱりわからなかったけど、嬉しかった。
 
「お前の金髪、俺は好きだけど。何かカッケーじゃん、自分を貫いてる感じがして」
 
 久保っちはそんなふうに言ってくれた。多分もう覚えてないんだろうけど。それからあたしはすっかり久保っちに懐いてしまい、いつも後をくっついて回った。従業員食堂ではなく定食屋へ行くようになったのも彼の影響だ。そのうちに「うぜえ」なんて言われるようになったけど、全然気にしなかった。本心じゃないってわかってたから。
 
 
 
 *****
 
 
 
 料亭から飛び出したあたしが向かったのは、会社だった。こんな清楚な格好で会社に行くことなんて一生無いと思ってたのに。今日が日曜で良かった。あたしの部署は休みだけど、休日でも稼働している部署はあるから誰かに鉢合わせるかもしれないけど……。
 商品開発部のオフィスは灯りが消えていて、当たり前だけど誰もいなかった。あたしのデスクには、完成した企画書が置かれている。冷凍おかずシリーズのチキン南蛮、その名も『チキチキ・南蛮』だ。ネーミングセンスはあたしじゃない、久保っちだ。
「チキチキナンバン、て」
 呟いて、一人でクスッと笑ってしまう。
 
「やっぱりここだと思った」
 背後から聞こえた声に振り返ると、そこには()()()()()が立っていた。あの日と同じ、ビシッとまとめられた髪をして。でも。
「ごめん、騙すようなことして」
「…………」
「悪かったと思ってる。こんなこと、するべきじゃなかった」
「……ある」
「え?」
「山ほどあるんだけど、聞きたいこと」
「ああ。全部答える」
「いつから計画してたの? こんなこと」
「お前が見合いするって聞いた時から」
「あたし、言った覚えないんだけど」
「いや定食屋で……。モエモエさん声でかすぎて」
「ああ……。で、片野坂社長とはどういう関係?」
「共通の知り合いがいて」
「バレないと思った?」
「……正直、半々かな」
「面白かった? 騙されるあたしを見て」
「いや……罪悪感が凄かった。お前にも、一星さんにも、悪いことしてる気がして……」
「何で今日来なかったの、顔合わせの席に」
「それは……」
「全部答えるんじゃないの?」
 彼は、ためらうような顔をした。
「……片野坂一星としてじゃなくて、本当の自分として選んでもらいたかったから——お前に」
 いつも見せない真剣な目に、ドキッとする。長すぎる前髪が邪魔をして、いつもはちゃんと見えないその目。こんなに綺麗だったなんて、知らなかった。
 そうだ。あたしはこの人のことを、きっとまだ全然知らない。
 
「あたし——生姜焼きが好きなの」
「うん?」
「チキン南蛮も勿論美味しいし、華やかだし、魅力的だけど、毎日はしんどいかもしれない」
「……ヤッシー? それ何の話?」
「毎日でもちっとも飽きなくて、地味でも特別華やかじゃなくても、それがいい。初めて一緒に食べた生姜焼き、最高に美味しかったから。あたしは……御曹司じゃなくて、いつものあなたが好きなんだよ——久保っち」
 
 目の前にいる久保っちの顔が、みるみる赤くなっていく。この人、こんな顔するんだ。あたし、ホント久保っちのこと何も知らないんだな。
 
「もしかして照れてる?」
「うっ、うるせえ……!」
 ひょいと近付いて顔を覗き込んだら、後ずさられた。何かムカつくんですけど。
「あー照れてる照れてる。てかさ久保っち、『片野坂一星』モードの時はあんなにスマートに告ってくれたのに、今さら照れなくたって——っ」
 唇で口を塞がれ、あたしはそれ以上何も言えなくなる。久保っちの細い腕につかまり、身動きもとれなくなった。
「ちょっ……」
「うるせえぞ、桃ちゃん」
「バ、バカっ! 離して! 桃ちゃん言うな!」
「……一誠って呼べ」
 呼べって。何で上からなワケ? ああ、でも、もう何でもいいや——。
 
「一誠……」

「好きだ、桃」
 
 あたしも好きだよ、久保っち。ずっと、ずっと好きだった。
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