いちばん星と御曹司

エピローグ

『御曹司』って、買えますか?
 聞いた後で、しまったと思った。俺は一体誰に何を聞いているんだ。
 
「ど、どうした一誠。欲しい御曹司でもいるのか? はっ、まさかうちの圭人(むすこ)……⁈ いや、いかんぞそれは。いや……その、今は多様性の時代だからな? その気持ちはもちろん否定はしないがだがうちの圭人に限って——」
「いやいやいや! 違います! 断じて違いますから! そういうことじゃなくて……」
 
 俺は、同僚の薬師寺桃が御曹司と見合いをするらしいという話を社長に打ち明けた。俺が、彼女を誰にも渡したくないと思っていることも。朝比奈社長は俺の話を最後まで聞き終えると、「わかった」とだけ言った。
 後日、社長から片野坂財閥の片野坂光一郎氏を紹介され、俺は彼の亡き息子・一星氏になりすますこととなったのだ。それからの日々はなかなか大変だった。御曹司のフリをする為、片野坂社長を始め、朝比奈社長と圭人専務まで出てきて、地獄の御曹司レッスンが始まった。新作冷凍おかずの企画書作りと寝不足と風邪が重なったり、クソ忙しい時にブラジルに嫁いだ姉と姪が突然家を訪ねて来たりと、とにかく目が回りそうだった。
 
「養子になるということは、久保家の人間ではなくなるということですが——本当に、後悔しませんか?」
 片野坂光一郎氏は最後に念を押すように尋ねてきた。失うものの大きさは、十分過ぎる程わかっている。それでも。
 
「薬師寺桃を失うこと以上に後悔することなんて、俺にはありません」
 
 誓って、無いのだ。
 
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