いちばん星と御曹司
ことの発端
遡ること、数ヶ月前 *****
目覚ましをかけずに寝たはずなのに、スマホのアラームが鳴っている。——違う、電話か。これは着信音の方だ。休日の朝っぱらから電話なんかしてくるヤツはどこのどいつだ。開ききらない瞼のまま、手探りでスマホを探す。通話ボタンをタップするのとほとんど同時に、スマホはベッドから落っこちた。最悪。
「……ふぁい、もひもひぃ?」
欠伸をしながらスマホを拾い上げ、スピーカーに切り替える。良かった、画面は割れてない。
「桃ちゃんっ⁉︎」
何だ、杏か。
「うん。何。どうしたの」
もう二度寝は無理だなと悟ったあたしは、カーテンを開けた。眩しさに目がやられる。
「桃ちゃんっ、今すぐ来て! 大変なことになってるのっ」
うげ、嫌な予感。次の言葉を聞くのをためらってしまう。
「……来てって、どこに。何? 電話じゃ駄目なワケ?」
「実家よ実家! とにかく、一秒でも早く来て! お願いよ! 待ってるからね!」
「えっ、ちょっとあん……」
ツーツーツー
信じらんない。言いたいことだけ言って切るとか。
「マジ最悪なんだけど……」
あたしはスマホと一緒にベッドに倒れ込んだ。嫌だ。面倒なニオイがプンプンする。あたしが実家には近付かないようにしてること、杏だって知ってるはずなのに。でも杏はわかっている。あたしが、あの子の頼みを断れないことを。わかっていて言ってきたんだ。あたしがいなくたって、もう杏には守ってくれる人がいるっていうのに。
一秒でも早く、と言われたって限度がある。あたしの家は実家から電車で一時間はかかる。車もバイクも、自転車さえも持っていないあたしの足は、もっぱら公共交通機関なのだ。それでもどうにか最短で着く電車に飛び乗って、実家の前までやって来た。
——相変わらず、デカいな。
猛獣でも飼ってるのかと言いたくなるような厳重なセキュリティの門には、不審者を逃さないよう高精度の防犯カメラがこれでもかと何台も備え付けてある。心配しなくても、こんなにわかりやすくセキュリティにうるさそうな家をあえて狙うバカ者はそういないと思うんだけど。
「薬師寺」と仰々しいフォントで彫られた表札を久しぶりに眺めていると、門が開いた。恐らく、あたしが到着したのを杏が見ていたんだろう。
重苦しい気持ちのまま玄関扉を開けると、無駄に広い三和土に、きちんと揃えられた先客の靴を見つけた。これは。間違いない、このリーガルの二十七・五センチは、優斗君の靴だ。相変わらず、丁寧に磨いてるんだな。
かつて恋焦がれた相手の靴に一瞥をくれながら、あたしは杏たちがいるであろうリビングへと続く長い廊下を進んだ。
目覚ましをかけずに寝たはずなのに、スマホのアラームが鳴っている。——違う、電話か。これは着信音の方だ。休日の朝っぱらから電話なんかしてくるヤツはどこのどいつだ。開ききらない瞼のまま、手探りでスマホを探す。通話ボタンをタップするのとほとんど同時に、スマホはベッドから落っこちた。最悪。
「……ふぁい、もひもひぃ?」
欠伸をしながらスマホを拾い上げ、スピーカーに切り替える。良かった、画面は割れてない。
「桃ちゃんっ⁉︎」
何だ、杏か。
「うん。何。どうしたの」
もう二度寝は無理だなと悟ったあたしは、カーテンを開けた。眩しさに目がやられる。
「桃ちゃんっ、今すぐ来て! 大変なことになってるのっ」
うげ、嫌な予感。次の言葉を聞くのをためらってしまう。
「……来てって、どこに。何? 電話じゃ駄目なワケ?」
「実家よ実家! とにかく、一秒でも早く来て! お願いよ! 待ってるからね!」
「えっ、ちょっとあん……」
ツーツーツー
信じらんない。言いたいことだけ言って切るとか。
「マジ最悪なんだけど……」
あたしはスマホと一緒にベッドに倒れ込んだ。嫌だ。面倒なニオイがプンプンする。あたしが実家には近付かないようにしてること、杏だって知ってるはずなのに。でも杏はわかっている。あたしが、あの子の頼みを断れないことを。わかっていて言ってきたんだ。あたしがいなくたって、もう杏には守ってくれる人がいるっていうのに。
一秒でも早く、と言われたって限度がある。あたしの家は実家から電車で一時間はかかる。車もバイクも、自転車さえも持っていないあたしの足は、もっぱら公共交通機関なのだ。それでもどうにか最短で着く電車に飛び乗って、実家の前までやって来た。
——相変わらず、デカいな。
猛獣でも飼ってるのかと言いたくなるような厳重なセキュリティの門には、不審者を逃さないよう高精度の防犯カメラがこれでもかと何台も備え付けてある。心配しなくても、こんなにわかりやすくセキュリティにうるさそうな家をあえて狙うバカ者はそういないと思うんだけど。
「薬師寺」と仰々しいフォントで彫られた表札を久しぶりに眺めていると、門が開いた。恐らく、あたしが到着したのを杏が見ていたんだろう。
重苦しい気持ちのまま玄関扉を開けると、無駄に広い三和土に、きちんと揃えられた先客の靴を見つけた。これは。間違いない、このリーガルの二十七・五センチは、優斗君の靴だ。相変わらず、丁寧に磨いてるんだな。
かつて恋焦がれた相手の靴に一瞥をくれながら、あたしは杏たちがいるであろうリビングへと続く長い廊下を進んだ。