いちばん星と御曹司

たわむれ

 あたしの働く「株式会社アクロス・テーブル」は、主に家庭で使われる食品を扱っている会社だ。以前はカレーやシチューのルウといったものが主力商品だったけど、数年前に冷凍餃子が爆発的なヒットを見せてからは冷凍食品がかなりアツい。そして何を隠そう、その開発チームにあたしもいたのだ。あの時の達成感は半端なかった。チームは解散こそしたけど、今も同じ商品開発部に残っているメンツがあたしは大好きだ。モエモエ先輩こと本多(朝比奈)萌子先輩、ナベさんこと渡辺(わたなべ)茂夫(しげお)課長、そして久保っちこと久保(くぼ)一誠(いっせい)。特に久保っちはあたしが新入社員だった時からお世話になっていて、年齢は違うけど今じゃ親友みたいなものだと勝手に思っている。ま、向こうがどう思ってるかは知らないけど。
 とにかく、あたしは職場にも仕事にも満足してるし、この会社には恩も感じてる。だって、こんな金髪女子をマトモに雇ってくれたんだから。
 
「あっ、久保っちまた欠伸した。今日何回目?」
 ふああ、とだるい欠伸を朝から繰り返す久保っちを指摘すると、心底面倒臭さそうな表情(カオ)をされた。と言っても、長すぎる前髪のせいで久保っちの表情はよくわからない。メガネも掛けてるし、たまにちらっと目が見えるくらい。鼻も口も形は良いんだから、ちゃんの髪切ればいいのに。
「……うるせえ」
「どうせまた遅くまでゲームとかしてたんでしょ? てか、何⁉︎ 前髪伸びすぎじゃん⁉︎ ねっ、あたし切ったげよっか?」
 前髪に触ろうと手を伸ばしたら、パッと払われた。何かムカつくんですけど。
「いいって。構うな」
「やな感じっ。そんなんじゃモテないよバーカ」
 先輩に対して何て口の利き方だ、と周りは思うんだろうけど、別に普通だ。久保っちとあたしは、出会った時からずっとこんな関係。それで彼に文句を言われたこともないし、もし言われたら言い返してやる。でも久保っちをバカにしてるわけじゃない。むしろ逆だ。これは、あたしの信頼の表れだとわかってほしい。って、ワガママか。
「モテんで結構」
 そう言うと、久保っちはあたしの頭をぐちゃぐちゃっと撫でた。あたしは犬か。
「ちょっ、やめてよバカっ! せっかくセットした前髪が!」
 またやってるよー、と他の社員たちが遠巻きにクスクスと笑ってる。やめてとか言いながら、あたしも楽しんでる。きっと久保っちも。知らんけど。
「それよりお前、先週のデータちゃんとまとめたか? ナベさん困ってたぞ?」
「げっ! まとめたけど渡すの忘れてた!」
「アホ」
 こちとらお見合い騒動でそれどころじゃなかったんだよ! と言い訳したいのをグッとこらえる。忘れたあたしが悪いに決まってる。デスクに積まれていた資料を引っ張り出すと、雪崩が起きそうになって焦った。
「すぐ持っていきます!」
「しっかりしろよ、『桃ちゃん』」
「桃ちゃん言うな!」
 久保っちが笑う。これはもう、お約束みたいになってるあたしたちのやり取りだ。
 
 ねえ、久保っち。あたし、お見合いするんだよ? 
 それを聞いたら、どんな反応するんだろ。ま、興味も無いだろうな、きっと。
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