いちばん星と御曹司

二人目

 翌週は、宮下グループの宮下直人と会った。クソキノコに比べたら遥かにまともで、さすがにアラフィフなだけあって落ち着いた人ではあった。
 宮下直人はお抱えの運転手が運転する車で約束の時間に現れた。あたしは車なんて動けば何でもいいと思ってるくらいで全然詳しくはないけど、あれは相当高い車だ。シートの感触がハンパなく良かったから。
 運転手がいるからか、車内では何となく会話がしにくかった。車は都内のビル群へと入っていった。
「あれがうちの本社ビルだよ。あっちの商業ビルもそう。あそこのも。それとあっちに見える——……」
 そう。今回のお見合いは、宮下グループが手掛けた施設をあちこち周るというつまらないドライブだった。確かにすごいけど、だから何って感じだ。シートの心地良さと車の揺れと、延々続くつまらない話にあたしは眠気をこらえるのに必死だった。……いや、多分ちょっと寝てたと思う。バックミラーであたしを監視してた運転手の咳払いで何度かハッとしたから。
 日が暮れかけた頃、車はとある高級ホテルの前で止まった。ここも宮下グループの所有物らしい。まさか、初対面でいきなり襲われんのかと思ったけど、案内されたのは客室じゃなくてバーだった。少し落とした照明に、ムーディーな音楽が流れる、女子がときめきそうな空間だ。運転手がいなくなったからか、ようやく宮下は会社自慢以外の話を始めた。
「桃さんはアクロス・テーブルにお勤めなんですよね。いかがですか? お仕事の方は」
「楽しいですよ。チームで協力しながら、新しい商品を作る。やりがいあります」
 そうですか、と宮下は微笑んだ。目の前のカクテルにはまだ口を付けていない。
「あの、宮下さん。宮下グループではなくうち……薬師寺精糖を継ぐなんて、本気ですか?」
 今日一日、最高につまらなかったけど、彼が自分の会社に愛着を持っていることは良くわかった。
「ええ、まあ……。本気ですよ。うちには私より優秀な後継者がたくさんいるので、別に親族が継がなきゃいけないこともない。それに……」
 宮下がようやくカクテルに手を伸ばした。そして一気飲みした。
「若い奥さん、欲しかったんですよね」
「——は?」
 聞き間違いかと思った。
「私、何も取り柄が無いんですよ。社長の息子というだけです。周りもね、わかっているんですよ。社長の息子だから気を遣ってくれますけどね、陰では私のことをいい歳した馬鹿息子扱いです。でも若い奥さんがいたら……あいつらを見返してやれると思うんです。こんなに若くて可愛い子と結婚できるなんて、さすがだって。ウヘヘ……」
 あたしは開いた口が塞がらなかった。いつの間にか宮下直人の顔は薄暗い店内でもちゃんとわかるくらいには真っ赤で、目もとろんとしていた。女子が好むような甘いカクテル一杯で、こんなに酔うか普通。そのおかげで彼の口から(こぼ)れた本音に、あたしの全身は鳥肌立った。
 
 すっかり酔っ払った宮下直人を置いて、あたしは一人でバーを出るとホテルの外まで戻った。エントランス前には彼の車が止まっていた。運転席の窓をノックすると、気難しい顔をした運転手がサイドウィンドウを下げた。
「薬師寺様? どうかなさいましたか?」
「宮下さんは酔っ払ってしまわれたので、迎えに行ってあげた方が良いと思いますよ。私は先に失礼します。あ、後日連絡とかもいらないんでとお伝えください。もうお会いすることは無いでしょうから」
 そう言うと、運転手は頭を抱えてしまった。
「ああもう! またか……! だから、あれほどノンアルにするよういつも言っているのに! あの馬鹿息子!」
 ……この人も、きっと大変なんだろうな。ま、あたしには関係ないけど。
「今日一日、運転ありがとうございました。最高に快適な乗り心地でした」
 それだけは嘘じゃない。
 あたしは運転手に頭を下げると、駅に向かって小走りした。
 こうしてあたしは無事(?)二人目もクリアした。
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