それらすべてが愛になる

プロローグ

　この場所の光景は、以前訪れたときと少しも変わっていない。


　たくさんの観光客、寄り添う男女、スマートフォンで自撮りをする人たち。散発的に上がる歓声と喧騒。

　ここにいる誰もが浮かべる楽しそうな表情を見ていると、自分だけがこの場所から隔絶された存在のように感じる。

　一人分の空いているスペースを見つけて、噴水を背にして座った。


　後ろ向きにコインを一枚投げ入れると、
　もう一度この場所に戻って来ることができる。


　いつ誰が始めたのか定かではない、不確かな言い伝え。
　まさか、こんな形で戻ってくることになるとは思わなかった。

　もしやり直せるとしたらどこからだろうと思う。
　けれど、遡ろうとするほど初めから間違っていたのかもしれないと思えて、胸が切なくなった。

　答えの出ない問いを繰り返している間に、先ほどからずっと握りしめている硬貨は、手の熱で随分と熱くなっている。


　――まだ自分には、何かを願う資格はあるのだろうか？


　握る手に力を込めると、手の中でチャリ、と二枚のコイン同士が擦れる音がした。

　背中越しに右手に持ったコインを弾く。

　忘れもしない耳の奥に残る声を思い出しながら、高く上がったそれが描く放物線を目で追った。


　噴水の中にコインが落ちる―――それは喧騒の中で誰にも知られることなく、小さな願いとともに静かに沈んでいった。


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