それらすべてが愛になる
 到着した料亭は数寄屋造りで、歴史と趣を感じさせる建物だった。

 こんなところ、今まで一度だって訪れたことがない。
 あまりの立派な佇まいに圧倒されるも、叔母の佐和子は意に介さず先へと進む。駐車場に停まっている高級車を目の端に入れながら、見栄っ張りな叔母らしいなと内心ため息が出た。

 玄関先で靴を脱ぐと店の女将がにこやかに出迎えてくれ、部屋付きの中居に案内されて廊下を歩く。

 廊下から望む日本庭園の中心には錦鯉が泳ぐ大きな池があって、この池を囲むように建てられているらしい。
 広い庭園は見る角度によって姿や印象が変わって、だんだんと自分がどこをどのくらい歩いたのか分からなくなった。

 「こちらのお部屋でございます」

 中居が襖を開けて個室に通されると、相手はまだ来ていなかった。

 「あら、少し早めに着いたわね…でも、お相手をお待たせするよりはいいわ、そうでしょう?」

 「そうですね」

 微笑む佐和子に、今度こそ機嫌を損ねないように笑顔を返す。
 通された座敷の雰囲気の良さに満足したのか、佐和子の機嫌は少し戻ったようだ。

 中居が下がったのを確認して、清流は一息ついて少し部屋を見回した。

 意外と天井が高い室内、床の間には花が生けられ、障子の向こうにもまた坪庭が見える。今どきこんな古風なお見合いが存在するんだなと、いっそ感心してしまった。あまりの非日常な空間に現実感がないし、慣れない和装も息苦しい。

 「あの、お手洗いに行ってきてもいいですか?」

 「いいけど早くしなさいよ?お相手を、」

 「はい、お待たせはしませんから」

 清流は即座にそう言うと、逃げるように部屋を後にした。


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